名前で呼ばれる日
@ino1972jp
第1話
中学から高校へ。
制服は変わっても、私たちの通学路は変わらなかった。
駅から家までの、ゆるい坂道。
それは、幼稚園のころからずっと歩いてきた道。
「なあ、タチバナ。今日、部活どうだった?」
「……ふつう」
桜井奏は、今日も相変わらず私を“タチバナ”と呼ぶ。
昔から、ずっとそうだ。
名前で呼ばれたい。
そう思ったこと、何度もある。けど、言えなかった。
だって、それってまるで――恋してます、って言ってるみたいだから。
私たちは“幼馴染”で、それ以上でもそれ以下でもない。
私は、彼が誰かと仲良くしているのを見るたびに、胸がもやもやする。
だけど、その感情に名前をつけるのが、ちょっとこわい。
だって、名前をつけたら、それを伝えなきゃいけなくなるから。
「……なあ、タチバナ」
奏が急に立ち止まる。
桜の花が、風に舞う。
「前にも言ったっけ? お前と一緒に帰るの、結構好きなんだよな」
「……初耳」
私の声が少し震えていたかもしれない。
「いやー落ち着くっていうか、楽っていうか」
「……それって、ただの親しみじゃない?」
「んー、でもそれだけじゃないかも」
「えっ?」
心臓の音がうるさくなる。
「……俺、もしかして――」
そう言いかけた彼の声を、私は思わず遮った。
「奏」
「……え?」
「……呼んでみただけ」
「……お、おう」
彼はきょとんとしながらも、どこか嬉しそうだった。
私は、それ以上何も言えなかった。
でも、言葉じゃなくて、今はこれで十分だと思った。
名前で呼べた。
ずっと願ってた一歩が、ようやく踏み出せた。
だから――
いつか、彼の口から私の“名前”が出る日が来たら、それが答えだ。
坂道の上、ふたりの影が並んで、ひとつになっていく。
桜の風が、背中を押してくれた気がした。
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