第2話 タチが悪い、無自覚ガチ恋王子


――規格外の後輩に爆弾発言をされてから早3年。



こいつは教育係になってあれ以来、なぜか俺に懐いてくる。

他に話しやすそうな先輩がいるのにも関わらず、だ。


懐かれ始めた頃、『……なんで俺なんだよ』と聞いたことがある。

これだけ俺に絡んでくるんだから何か理由があると思っていた。

けれど三浦からは『だって志貴さん、めっちゃかっこよかったんですもん!』という、至ってシンプルで意味が分からない答えが返ってきたため、それ以来聞くのをやめた。

いや、諦めたと言ったほうが良いかもしれない。



それから『高瀬さん』呼びだったのが、いつの間にか『先輩』になり、今では『志貴さん』に変わっている。


三浦は、人との距離の詰め方も規格外だった。

部署も、性別も、役職の上下も関係なく、誰にでも自然に馴染む。


中でも女子人気は凄まじく、気がつけば社内の女子たちが彼の周りに集まっているぐらいだ。



……そう、三浦は人との距離の詰め方も規格外に上手かった。

さすが営業部に配属されただけのことはある。



けれど三浦は別にチャラチャラしてるわけじゃない。

むしろ本人は自覚がなさそうなのがタチが悪い。



「あれで天然なんだよな……」



誰かが三浦の方に目をやりながら、呆れたように笑う。

俺も苦笑いで同意した。



別にキャーキャー騒がれるようなルックスじゃない。

身長はあるし、体格もいい。

でも、所謂モデルのような顔立ちでもないし、大人の色気で人を惹きつけるタイプでもない。

優しい顔立ちはしていると思うが。


貶しているわけじゃない。

本当に“普通” なのだ。


だからこそ、余計に分からない。



社内で三浦を見つければ、笑顔で手を振る女子、顔を赤らめてファイルで隠す女子、男友達のように気さくに話しかける女子、遠くで黄色い声を上げる女子――と、多種多様なタイプの女子社員が三浦に熱を上げている。


昼休みになると、彼の周りには女子社員が集まり、『三浦くん、ご飯行こう!』の大合唱だ。


そんな状況に『アイドルか何かか?』と怪訝な顔をしている俺に目をやりながら、三浦は毎度『ごめん、先輩と行くから』と断りを入れる。

そうすると今度は別の方向から黄色い歓声が上がる。


その歓声はどういう意味なんだ、と頭を抱える俺を三浦は食堂に引っ張っていくのがお約束になっていた。



本当に意味が分からない。

けれどひとつ分かることがある。

三浦は見た目ではなく性格でモテているということだ。



意識せずとも話を聞く時はちゃんと相手の目を見て聞いて、困っていたら肩を貸して、そのうえおれは何もしてないという顔をする。

そういうのが、あいつの中では“普通”なんだろう。


……だから余計にタチが悪い。


  

「三浦のモテっぷりにはさすがの『氷の高瀬』も大困惑みたいだな」


「その呼び方やめろ。それにあれは、困惑通り越して最早称賛の域だろうが」



朝から三浦に群がる女子社員を眺めていると声をかけてきたのは、同期の佐伯さえきだった。

他部署の人事部まで三浦を知っているんだから、あいつの影響力は半端ない。


佐伯はコーヒー片手に俺の隣に立って三浦を見る。



「でも三浦ってさ、あれで“モテようとしてない”のがやばいよな。さすが営業部ガチ恋ランキング首位独走の男だよ」


「……は?」


「経理の新人女子が言ってた。なんか今、いろんな部署で“推せる人”探してるらしい。女子のやることってほんと分かんねーよな」


「……」


「ちなみにお前は2位らしいぞ。喜べ」


「聞いてない。というか何だそれ」


「一般的にお前は社内で怖がられてるけど、“クール属性”が刺さる女子には人気えぐいんだと。『高瀬さんに叱られたい♡』みたいな感じだ。三浦が“ガチ恋”なら、お前は“推し”ってタイプらしい」


「叱られたい?属性?推し?」


「まぁでも、推しにガチ恋するタイプもいるらしいしな。どっちにしろ、お前と三浦で営業部人気コンビってことよ。コンビで推してる女子もいるっぽいし」


「ちょ、ちょっと待て。推しにガチ恋?コンビで推す?……説明してくれ、情報量が多すぎる」


「お前も毎日のように聞いてるだろ?お前と三浦が一緒にメシ行くってなった瞬間に聞こえる黄色い悲鳴。あれがコンビで推してる女子だよ」


「な、なるほど……?」


「ま、教育担当した直属の部下が女関係でやらかさないようにしっかり手綱握っとけよー。もし何かやらかしたら社内の三浦の女が泣くぞ」


「三浦の女って……俺にあいつのプライベートまで面倒見ろってか?」


「そーゆーことだ!じゃあな!」


「おい、佐伯……!」



俺が呼び止めている間もなく、佐伯は人事部の方に消えていった。


「全く、好き放題言って……」


そう、誰に言うわけでもなく呟きながらふと視線を三浦の方に戻すと、彼が俺を見つめていた。


「……っ!」


あまりの真剣な眼差しについドキリとしてしまう。



……そして同時に気づいてしまった。

いつも笑顔の印象が強い三浦が真顔で黙っていると、イケメンと呼ばれる部類に入るかもしれないと。





――本当にタチが悪い。



早くなったまま治まらない胸の鼓動を聞きながら、俺は三浦としばらく見つめ合ったのだった。


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全部が規格外な彼の「大好き」に陥落して絆されるまで 綾彩 @ayato_aya

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