Glory Catcher

夜桜満

エースが消えた日

 金属音の擦れる音が球場に広がる。

 打球が宙へ打ち上がると同時に、スタンドから興奮の声が響く。


 これを取れば優勝。あと一人。あとアウト一つ。

 同じような言葉が球場のありとあらゆる場所から聞こえてくる。


 グランドの最も高い位置に立つその少年は、両手を大きく広げ、落ちてくる白球を迎えるように優しく、グローブで包み込む。

 少し乾いた音が小さく響くと同時に主審のアウトコールが聞こえてくる。


 その瞬間、準備してたかのようにグランドにいた選手やベンチで応援をしていた選手が、ピッチャーマウンドへと駆け寄る。


「将也!!」


 優勝が確定したというのにマウンド上にいるエースナンバーを背負った少年、本城将也ほんじょうまさやだけは笑顔を見せなかった。

 ただスタンドに目線を向け、何かを必死で探しているようだった。


 スタンドに何があるのだろうと。この試合ずっと彼の正面に腰を下ろし、司令塔として適切な指示をしていたキャッチャーの早乙女は、本城の見ている方向へと目線を向ける。

 しかし、そこにあるのは歓喜のあまり立ち上がって選手達に声援を送る保護者や一般客しかいない。

 何も変哲のないただの観客席だ。


「何があるんだ将也」


「……宏がいねぇんだよ……絶対来るって言ってたのによ」


 歓声と他の選手の嬉しがる声にかき消されてしまいそうなほどの声量で彼は言う。

 まるでこの世の終わりのような顔で。


「どうせ遅れてんだろ! あいつってそういうところあるしよ」


 本城と早乙女は同じ中学で13歳ながら、このWBSC Uー15野球ワールドカップ大会のレギュラー選手として選ばれ、互いにエースと正捕手の座を勝ち取っていた。

 その息のあったプレーは世界を圧倒する程で、これまでの失点は全十試合、無失点。


 周りのレギュラー達もそのレベルは高く、全員が強豪校のレギュラーを取れる実力があるとまで言われている。

 そして、そのほとんどが本城達と同じ歳の13歳それが原因なのか、監督も試合前日のインタビューでは、彼らの事をU15の中でも最も優れた選手たちだ。と絶賛する程だった。


 そんな彼らでも世界一というものは心の底から嬉しいはずなのに、彼だけは他のことに心を奪われていた。


 宏と呼んだ人物を必死で探している。

 焦りと不安の中で。


「まずは並ぼうぜ相棒」


「あぁ」


 将也は必死に自分に、あいつなら大丈夫。そう言い聞かせ、列に並ぶ。

 試合終了のコールと共に、サイレンが鳴り響く。

 微かに不吉なサイレンの音を乗せて。


 その時、彼が救急車のサイレンに気がついていたのかは知らないが、その後将也と早乙女ともう1人の幼馴染は彼らの両親につられその球場を誰よりも早く去っていってしまった。


 そして、それが——球児一の天才と呼ばれた、本城将也の“最後の姿”だった。

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