前世ハイスペ男は二度目の人生を謙虚堅実に生きたい
やこう
第一章 転生、そして弟子入り
第1話 次こそは謙虚堅実に
俺はすべてを持っていた。
容姿端麗、頭脳明晰、ビジネスは成功、女には困らず、金は湯水のように使えた。
まさに現代社会における“勝者”――俺自身、そう信じて疑わなかった。
「ははっ、結局、人生なんて才能と運だな」
そう言って笑いながらシャンパンを開け、何人もの女と夜を過ごす毎日。
誰も俺に逆らえない。誰も俺を咎めない。世界は俺のために回っていると、本気で思っていた。
……あの夜までは。
「ねぇ、私のこと、本気だって言ったよね?」
スイートルームのベッドの上、ワインを片手に問いかけてきた女。名前も正直、覚えていない。
俺は鼻で笑って答えた。
「ああ、何人目の“本気”だったかな」
「……そう。じゃあ、地獄でもその余裕、保ってられるといいわね」
気づいたときには胸元に激痛が走り、赤黒い液体がスーツを濡らしていた。
「は、あ……? な……んで……」
視界が暗転していく。音も、匂いも、何もかもが遠ざかっていった。
ああ、これが、死か。
こんなに、あっけないものなのか。
どこまでも暗く、どこまでも静かな世界。
浮遊しているような、溺れているような、不思議な感覚の中で、俺はひとつの問いにぶつかった。
――俺の人生、何だったんだろうな。
誇れるものは山ほどあるはずなのに、不思議と胸に残るのは空虚だけだった。
誰かに感謝されたか? 誰かを大切にできただろうか?
……いや、きっと、できていなかった。
「お前の魂には、まだ可能性がある」
突如、透明な声が響く。男でも女でもない、不思議な声だった。
真っ白な空間に、光のような存在が浮かんでいた。
「このまま消えるか、もう一度生き直すか、選ぶがいい」
「……やり直せるのか?」
「ああ。だが条件がある。“今度はどう生きるか”、お前自身が決めるのだ」
俺は少し考えてから、はっきりと答えた。
「……謙虚に。堅実に。驕らず、調子に乗らず、生きてみたい」
「ふふ……ようやく、“お前自身の言葉”が出たな。それでは――」
眩い光に包まれ、意識が溶けていった。
目を覚ますと、天井が、低かった。いや、俺が小さいのか?
どこか見覚えのない木の天井。肌触りの柔らかい布。
すぐそばから、優しげな声が聞こえる。
「かわいいねぇ……元気な男の子ですよ」
「ほんとだ……この子、きっと立派に育つよ」
……ん? 誰?
――あ、声が出ない。手も、動かない。いや、動いてるけど……指、短っ!?
え、何これ、まさか――
(赤ちゃん!?)
と、理解した瞬間、込み上げるものがあった。
誰かが、自分をこんなにも優しく抱きしめてくれる。
こんなにも無条件に、大切にしてくれる。
前世では一度たりとも、感じたことがなかった……いや、久しく忘れていた温かさ。
思わず……涙がこぼれた。
「……あれ? 泣いてる……?」
「すすり泣いてる……うそ、赤ちゃんってこういう泣き方する!?」
(や、やめろ……恥ずかしい……!)
――だが、止まらなかった。俺の中で、何かが崩れていく。
人を疑い、利用し、見下してきたあの頃の自分が、崩れていく。
「この世界では、絶対に間違えない」
「もう二度と、奢らない。調子に乗らない。努力して、謙虚に生きるんだ」
そう心に刻みながら、俺は再び目を閉じた。
名前も、家も、魔法が存在することも、まだ何も知らない。
だけど、スタートラインだけは、はっきりしていた。
俺は、やり直す。
今度こそ、真っ当な人生を。
……たとえ、それが赤ちゃんからのやり直しだったとしても!
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