医療安全とウェルビーイング

hekisei

第1話 はじめに

 とある学会で「医療安全とウェルビーイング」というタイトルでの講演を頼まれた。

 講演といってもシンポジウムの一部なので15分間だ。

 ずっと先の事だけど、準備は早めに始めるべきだろう。


 以下、読者に分かりやすいように、このお題について説明したい。


 まず医療安全だ。

 これは医学・医療における伝統的なキーワードの1つである。

 一方、ウェルビーイングにしても最近流行しているキーワードには違いない。

 だから「医療安全とウェルビーイング」というタイトルは、これら新旧2つのパワーワードを並べたものだ。

 が、医療安全とウェルビーイングの間にいかなる接点があるのか、いかなる関連性があるのか、筆者にもすぐには思いつかない。


 が、頼まれた以上、15分間を使って自らの考えを披露する必要がある。

 だからまずは自分の考えをまとめなくてはならない。

 本稿は自分の考えを頭の中でまとめつつ、講演の下書きを作成したようなものだと思ってもらえると有難い。



 まずは馴染なじみの無いウェルビーイングという言葉、この意味から考えてみたいと思う。

 ウェルビーイングというのは最近になってよく使われるようになった言葉で、ハピネスとは違った概念だということだ。


 なら、具体的にどう違うのか?


 ある説明によると、ハピネスが一時的な幸福感であるのに対し、ウェルビーイングとは持続的な幸福感のことだそうだ。

 残念ながらこの説明は筆者にはピンと来ない。


 むしろ具体例をあげる方が分かりやすい気がする。


 たとえば、金持ちになり豪邸に住み高級車に乗り美女をはべらせる。

 こういったアメリカ映画的な分かりやすい成功は典型的なハピネスだろう。


 一方、特に身体的不調もなく、家族をはじめとした人間関係も良好で、経済的に困っていることもなく、日々機嫌よく暮らしている。

 ウェルビーイングとはこんなイメージではなかろうか。


 つまり金持ちであっても不幸な人はいるが、ウェルビーイングの状態にありながら不幸な人はいないということになる。

 ウェルビーイングを敢えて筆者が日本語にするなら「日々機嫌よく暮らすこと」くらいだろうか。



 一方で医療安全だ。

 医療安全というのは日本独特の用語で、英語圏では patient safetyペイシェント セイフティー となる。

 つまり患者安全だ。

 医療安全も患者安全も同じと言えば同じだけど、前者の方がやや広い概念になる。

 たとえば、お見舞いに来た人が病院の廊下で転倒して頭を打ったとか、手術中に外科医が針刺しをやってしまったとか、そういうのも医療安全には含まれる。

 もちろん、こういうのは枝葉末節しようまっせつ的な話であり、やはり医療安全の本流は患者安全だ。

 本稿ではもっぱら患者安全という意味で医療安全という言葉を用いる。


 さて、典型的な医療事故のイメージといったら、薬を間違えて投与して入院患者が死んでしまったとか、そういうものだろう。

 これを論じるときにはどうやって薬の投与間違いを失くすかという「医療事故予防」と、患者が死んだ事による紛争にどう対応するかという「医事紛争対策」の2つに分かれる。

 つまり医療安全は「医療事故予防+医事紛争対応」というわけだ。

 

 で、薬の投与間違いによって入院患者が死んでしまった、という事故が発生した場合、それに続いてどのような事が起こるのか、それを語ってみたい。

 医師や看護師にとっては今更いまさらではあるが、非医療従事者にとっては新鮮な話ではないかと思う。






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