猫又娘の大冒険 21

21


 着替えをユキミに手伝ってもらったまのは、脱衣所を出てすぐに、

「遅いっほい!」

 と、聞き馴染みのある声で怒鳴られました。

「あ、フク!」

 さすがに女湯には入れないので、外で待っていたようです。

「むう。でもまあ、いいっほい」

 フクはまのの頭のてっぺんから足の先まで無遠慮に眺め回した後、そう言いました。

「似合ってるっほい」

「え? そう? ありがとう」

 ユキミがカゴに入れていたのは、まのの衣装でした。どうやらまのが眠っている間に手を加えたようで、基調となるデザインはそのままに、フリルやレースは元より、鮮やかな色のリボンや可愛らしいチョーカーなどに新たな装飾が施され、どこに着て行っても恥ずかしくないドレスに仕上がっていたのです。

「じゃあ、着いてくるっほい」

 フクはそう言うとまのの返事を待たず、スタスタと歩き出しました。

「ちょっと、ユキちゃんは?」

「ユキミは後から来るっほい。それより早く来るっほい」

 確かにユキミは後片付けしてから行くから、と言ってまのを先に送り出したのです。という事は、これは織り込み済みのことなのかな、とまのは思い、後ろ髪が引かれる思いでフクに着いていくことにしました。

 寝汗を心地良い湯で流したからか、爽快な気分でした。フクと並んで歩く廊下は以前のような陰気さはなく、敷き直されたであろう絨毯は雲の上を歩いているような感覚でしたし、何より穏やかな日光が差し込んでいたものですから、本当に雲の上にいるかのような夢見心地にまのはいました。

「まの」

 いつの間にか外に通じる扉の前まで来ていたらしく、ドアの取手に手をかけたフクが声をかけてきました。

「君が、主役だっほい」

 どういうこと? と聞き返す前に、フクはドアを開けました。

 差し込む光にまのは反射的に目の前を手を翳します。と、同時に大きな拍手が鳴り響き、まのを歓呼の渦へと招き入れていきます。

 なんとなく、何かを企んでいるなと見当はつけていたものの、ここまで盛大なものとは思っていなかったまのは、少々面喰らいましたが、先程のフクの言葉を思い出し、歓声に手を振って答えました。

 ──人前では、にこやかに晴れやかに。

 そう教わった記憶が少し蘇ります。ですが誰に教わったの火までは思い出せません。もっともそんな暇もなかったのですが。

 まのの登場を待っていたのは、多くの小人たちでした。お城の庭園には、あの岩場のお茶会にいた人数と同じくらいの小人たちが、色とりどりのテーブルクロスに飾られた席から立ち上がって、まのに歓呼の声と拍手を浴びせていたのです。

 さて、自分はこれからどうすればいいものか。手を振っているだけで、立ち尽くしていては集まった小人たちは不審がるでしょうけれど、こういう大規模なお茶会には段取りがあるはず、とまのは思い、にこやかな笑顔で傍らにいるであろうフクの指示を待つことにしました。

「堂々としているわね」

 正面に気を取られていたので、背後からの突然の呼びかけにまのは飛び上がりそうになりましたが、必死で堪えます。

「女王様!」

 フロージュ女王の登場に、小人たちは更なる歓声を上げました。今度はお行儀よく、ちゃんと座って、でしたが。

「これは一体、何事なんです?」

 まのは女王様にだけ聞こえるよう、小さな声で訊ねました。

「女王のお茶会よ」

 フロージュ女王はそれだけ言うと、まのの手をとり、庭園への一歩を踏み出しました。そこには紅いカーペットが敷かれており、まのは自分もそこを通っていいのだろうかと迷いましたが、女王様が手を引くものですから、意を決してカーペットを進むことにしました。

 カーペットから用意されたテーブルまで数メートルでしたが、そこに辿り着くまで小人たちに笑顔で答えたり、中には握手を求めてくる者までいたので、結構な時間を有してしまいました。

 ようようの事でまのは席に着きました。なんと女王様のお隣です。何かの間違いで、今にもジャックが怒鳴り込んでくるんじゃないかと思っていましたが、そんな事はありませんでしたし、何より女王様が隣に座るように示したのです。

 一段高いところに用意された女王様のテーブルは、庭園を一望できました。まのの記憶に焼き付いている、あの目覚めた花畑ほどには庭園の草花や樹々は芳しさも華やかさも遠いものでしたが、あの暗かったお城を知っているまのからすれば、よくぞここまで生命力に満ちた庭園へと変貌したものだと驚嘆せずにはいられませんでした。

「そうか、皆の顔が違うんだ」

 言ってからまのは口を抑えました。女王様が隣にいるのに、失言だと思ったのです。しかし女王様は、

「その通りです。あなたが明るく楽しくを心がけるよう、私に教えてくれたから、こんな短時間でここまで変われたのです」

「そ、そんな」

 女王様の素直な謝辞に照れながらも、さすがに悪い気はしません。

「ここの人たちは──」

 女王様は少し遠い目をして、呟きます。

「とても素直なのです。純朴、素朴と言った方がいいかもしれません。ですから、私の影響をとても受け易いんだと思うのです」

「だとしたら、女王様は今はとてもご機嫌って事ですね!」

 女王様は少し驚いたような口調で、

「過去に何があったとか聞かれるものだと思ってました」

 との問いにまのは、

「与えること、与えられることが当然と思ってしまったんですよね?」

「端的に言えば、そうですね」

「でも、どっちもそれは違う、おかしいねって気付いたんだからいいじゃないですか。今こうしてこんなにたくさんの人が女王様のために集まってくれているんですよ? それも笑顔で!」

 女王様は目を細め、陽気な猫又を見つめると、

「あなたの言うとおりね。でも一つ訂正すると、これはあなたのためのお茶会なのよ」

 その言葉が合図だったかのように、ジャックに引き連れられた料理班と思しき小人たちがトレイカートにたくさんの食べ物、飲み物を載せて現れ、慣れた手つきで各テーブルに並べていきます。

 そう、お茶会の始まりです。

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