猫又娘の大冒険 12

12


「女王様、準備が整いました」

 フロージュ女王の居室に訪れたジャックが疲れ切った声で告げました。

「そう」

 とだけ女王様は言い、ジャックに先導させホールへと向かいます。

 まのに好きにさせて数時間、暗いお城は夕暮れを迎えようとしており、夜闇の前の一瞬の輝きに照らされていました。

 間も無くするとホールに辿り着いた女王様は思わず、

「あら」

 と、声を上げました。

 長い間、誰も足さえ踏み入れていなかったホールの扉がピカピカとまではいかないまでも綺麗に磨かれておいたからです。

 その扉をジャックが恭しく開けると、

「お待ちせしておりました、女王様」

 と、まのとフク、ユキミの三人が出迎えました。

「それでは、お楽しみくださいませ、女王様」

 そう言って扉を閉めようとするジャックに、

「ご苦労」

 と、女王様は労いの言葉をかけました。その言葉に連動するように、一瞬、扉の動きが止まりましたが、女王様はそれに気付いたのか気付いていないのか、ホールに歩を進めます。

 ホールはジャックが頑張ったのでしょう、中央部だけは綺麗なものとなっていました。フロアの汚れも取れ、更にワックスまでもかけられているようでした。

「ここで何をするのかしら?」

 女王様はまのに向かって問いかけます。まのはそれに応える前に傍らのフクに目配せし、

「こちらをっほい、どうぞっほい」

 と、ダンスシューズを差し出しました。

 それを見た女王様は、

「まさか、ダンスを?」

 少し困惑した様子でまのに訊ねます。

「伴奏もない舞踏会ですが」

「そんなもの、ダンスでも何でもありません」

 女王様はプイッと顔を背け、シューズを受け取ろうとしません。しかしまのは構わず、女王様の手を取り、

「そう、堅苦しいダンスなんかじゃありません。ステップも無視して、気の向くまま、音に乗って踊るだけ」

 そう言って強引に女王様をホール中央部に連れ出します。

「ちょ、ちょっと! 無礼ですわよ!」

「フク、ユキちゃん!」

 まのは女王様の抗議を無視し、二人に合図を出します。

 すると二人はフライパンやバケツを、どこから見つけてきたのか、擦り棒をスティック代わりに叩き始めました。時折、チリンとなるのは呼び鈴でしょうか。

「いち、にい、さん っほい!」

 ワルツのリズムでフクがフライパンを叩くと、ユキミはタイミングを合わせてバケツを叩き、鈴を鳴らします。

 およそ音楽と言える代物ではありませんでしたが、音がホールに鳴り響いたのは久方ぶりの事でした。

「……この後、あたしら無事なのかしら」

「もうヤケっほい、まののせいっほい」


 時間は少し遡って──

 二人が食堂で掃除をしている時、まのがやって来て、

「この後、ホールでダンスをするわよ」

 といきなり宣言したのです。

「まの、ホールの掃除は?」

「ジャックがやってくれるって。あの人、口は悪いけど、良い人ね!」

「……ダンスがどうとか聞こえたわ」

「あら、ユキちゃん。やっと普通に喋るようになったわね! そっちの方がやっぱり可愛いわよ!」

 や〜め〜ろ〜、と照れてるユキミを尻目にフクが、

「話が脱線してるっほい、ダンスがどうとか聞こえたっほい」

 と、軌道修正すると、まのは顔を綻ばせ、

「そう。女王様とダンスをするの。あたしたちとね!」

「話が見えないっほい」

「そうよ、どうして女王様とダンスを?」

 二人は口々に文句を言います。

「女王様とダンスはいや? じゃあ他の遊びでもいいわ」

「違うっほい、どうしてそういう話になったかを知りたいっほい!」

「そうよ。それに女王様はお忙しいのよ! ダンスなんてやっている暇なんてないわ!」

「それよ!」

 まのがユキミにビシッと指を突き立てます。

「女王様は忙しく、心休まる暇がないのよ。それはどうしてか。きっとこの国の皆のために働き詰めだからだわ」

「ん〜、まあそうかもしれないっほい。だけどこの国で命を与える魔法を使えるのは女王様だけっほい。女王様が休むと皆、何も食べれなくなるっほい」

 まのはやっぱり、という風に内心頷きます。

 ──私は、何なのかしら。

 そう女王様は言いました。確かに国民に日々の糧を与えるのが女王様の仕事なのかもしれません。ですが、国民と女王様の距離は近いどころか離れているようにまのは感じたのです。

 岩場のお茶会に行く小人たちは皆、項垂うなだれていました。寂れたお城は広いだけで、ジャックが一人、近くの小屋に住んでいるだけ。

 女王様はそれでも、皆が辛い思いをしないよう、魔法でこの国を維持していたのでしょう。でも誰からもそれが当然と思われて口だけの感謝しか受けていないのではないか、とまのは思ったのです。

 この国に来てたった一日。これはまのの思い込みかもしれません。ひょっとしたらまのが知らないだけで、女王の役割というものが決められているのかもしれません。

 でも中庭で女王様は言いました。この城もかつては光り輝いていた、と。

 そして思い出します。あの芳しい花畑や宝石の森のことを。とても幻想的でいて、それでいて生命に満ちた、同じ国だけど別世界のような光景。

 ──ひょっとして、女王様は与えすぎているのではないのかしら?

 それがまのが得た、推測としか言えませんが、一つの結論でした。

「ねえ。不思議な果実も、宝石で出来た樹木も、女王様の魔法の力なのでしょう?」

「それはそうっほい。あんな偉大な魔法は女王様しか使えないっほい」

「そうね。とても素敵な魔法ね。じゃあフクたちは女王様に何かお返しをしているのかしら?」

「お返し?」

 フクはユキミと顔を見合わせましたが、ユキミも首を振るだけです。

「だって、女王様は命を与える魔法が使えるのよ。ご自分でも使えば良いだけじゃない」

 ユキミの反論にまのは首を振り、

「だったらどうして、このお城はこんなにも暗く、活気がないの?」

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