ゼフィルが語る 赤裸々な想い 15-3
あのさ。
〈普通〉が〈特別〉に変わって、〈ふつー〉が楽しくなったこと、ある?
オレはね、ある。
飯がうまいとか、朝が気持ちいいとか、そんなの。
くだらねえって思ってた全部が、どうしようもなく大事だって感じられるの。
昔の
──でも。
言えない。ごまかしてばっかだ。
……情けねえよ。オレ。
気づいてからずっと、隠すので精一杯でさ。
彼女の手を引いたまま、ひとっつも責任とれてねぇくせに、隣にいてほしいとか願ってる。
今日のモナちゃん、ありえないくらい可愛くて。
声かけようとして、目が合いそうになって、それでまた逸らして。
どんだけ弱えんだよ、オレ。
頭ん中、ずっと、幸せと罪が回ってんの。
不安にさせてんの解ってんのに、勇気がなくて。
あんな顔させた自分がムカついて、どうしようもなくて、そんで、オレ……ぶちまけてた。
彼女に、オレの、ほんとの気持ち。
■
風献祭の夜。
風送りの丑三つ時も迫る夜更け。
胸のなかでこんがらがる全部を、口に出す。
彼女の顔も、見られないまま。
「帰さなきゃいけない子、好きになってる。
最初はそんなつもりなかったのに、毎日顔見れる今が幸せ。手放したくない。でも、彼女はオレのせいでこっち来て、しかも帰れないこと知らないんだ」
オルマナのいろんなことに笑って、リヴィエールで驚いて。
魔法に目ぇ丸めて、無邪気に笑うんだよ。
オレのせいで家族と離れたのに。
「還してやりたい。親御さんとこに。
でも離したくない。一緒にいたい。
どうしようもねえよ、自分がクソでムカついてくる。
でも、これがオレの本心」
感情の泥に沈みながら、それでも吐き出していた。
怖くて顔なんてあげんねえ。
そんな余裕、どこにもなかった。
「……ゼフィー……」
震える声がオレを呼ぶ。
優しくて涙まじりの声に、心が、ぐらついて、早口で気持ちが、飛び出してく。
「笑うとさ、笑顔がくしゃっとすんの。
楽しそうに手ぇ叩いて、あははははって笑うの。
飯食ってる時マジで幸せそうで、仕事も一生懸命。
誰にでも丁寧で礼儀正しくしてる彼女が、2人だけの時に砕けたりすんの。
……そういうの、堪んなくてさ。
どんどん、全部好きになってた。」
言いながら出てくんのは、全部モナちゃんの顔。
あの子が居る場所には、光の魔法がかかるんだ。
モナちゃんと話すと、みんな笑顔で帰ってく。
そんな魔法、歴代魔法学者でも組めてないのにさ。
マジですげえ。
一緒に居たい。
ずっとずっと、
「でも、元の世界に家族がいるんだぜ?
親とか、恋人だっていたかもしれねえ。
オレのせいなんだよ、オレが、連れてきちゃったんだよ。
家族に手紙も送れねえのに笑ってんだよ。
どんなツラしたらいいかわかんねえよ」
きつい。
痛みや苦しさが逃げまどって、眼球に集まってきた。
前が見えねえ。
情けねえ、情けねえ。
好きな子の前で泣くなんて、オレ、何やってんだ。
「……ゼフィー……顔あげて……」
「……無理。見れない」
届いてきた声が切なく優しくて、オレは首を振った。
モナちゃん、駄目だって。
そんな声出しちゃだめだって。
甘やかしちゃ駄目だって。
オレのせいなんだって。
オレが、研究したからなんだって。
犯人に優しくしたらだめだろ。
っていうか、オレは何やってんだよ。
罪悪感とスキに挟まれて、耐えらんなくなって、決めた言葉が〈コレ〉かよ。〈相談〉なんて前置きして、たとえ話で予防線張って、ほんと、バカじゃねえの。
「つか、だせえ。……かっこ悪。モナちゃんごめんほんと。正面切って、はぐらかさないで、言わなきゃいけないことなのに、オレ今顔も見れなくて、それで」
「ゼフィー……」
それでも柔らかい声に、びくんって身体が跳ねた。
期待と恐怖の胸騒ぎ。
優しい声に、心が揺れる。
次を聞くのが怖い。でも、受け入れてほしい。
それがせめぎ合い俯く自分の、右手にそっと。
あったかい何かが触れた。
それが手だとわかった直後、彼女の小さな息遣い。
「わたしね、ゼフィーと会えて幸せだよ」
柔らかい手が両手で、オレの手を包んで。
導くように、上へ。
気後れがちに目で追いかけると、彼女の微笑みが迎えてくれて、喉が、詰まった。
「オルマナが好き。ゼフィーが好き。だからゼフィーが苦しんでたら励ましたいし傍にいたい。そう思ってたよ、ずっと」
胸に来る。
全部受け入れてくれそうな微笑みも。
女神さまみたいな声も顔も。
だけどその顔が寂しそうに曇って、彼女は言ったんだ。
「……でもゼフィー、わたしのこと帰さなきゃって思ってたみたいだったから、苦しかった。首輪が外れなきゃいいのにって思ってた」
「……モナちゃん……」
本当に? マジで? いいのか?
っていうかこんな顔、させんな。
悲しそうな顔させんな、オレ。
でも、でも……!
──そう、踏み切れない自分の方に、彼女の手が近づいてくる。
少し構えた。
なにされるか分かんなくて。
でも、モナちゃんは笑った。
オレのほっぺを両手で包みながら、花が咲いたような笑顔で。
「ゼフィーの笑顔が好き。
空気が好き。
ずっと隣にいたいの。
……そう、思ってるから、そんな顔しないで……」
──それは、〈言えないコト〉を抱えたオレの、胸をぐらんと揺らしたんだ。
※
オルマナの祭壇。
風の力が満ちる夜。
星の天盤の下に、動揺を隠せぬ瞳で彼女を見るのは、ゼフィル・ローダー。
ふつふつと集まりはじめた風の力を足元に、
「……だって、家族は」
途切れ途切れに問いかける。
すると戻ってきたのは、モナのちょっと困ったような顔だ。
彼女はおもむろに宙をあおぐと──、くすり。
懐かしむように後ろ手を組みながら、明るい口調で言う。
「……会えない痛みはあるけど、世界、跨いでLINE送れないし。電波届かないし」
言葉の意味の、全ては解らなかった。
けれど、その口調から、彼女がとうに心の整理をつけていたこと、元の居場所に執着がないことは解った。
丘の上、淡く光る風々の筋を背景に語る彼女は、清々しい表情でほほ笑んだ。
「……わかってたよ、帰れないこと。わたし、わかってた」
「……」
「だからゼフィーが苦しむことない。自分を責めないで?」
──言われてすぐ。
彼の胸に渦巻き凝縮したのは、罪の塊。
〈でも、きっと、オレがしたこと聞いたら、嫌いになる〉──
しかし、だけど。
それらを押しのけ、零れ落ちた彼の言葉は──ひとこと。
「……モナちゃん。……大好き」
※
丘の下。
人々の期待が満ちていく。
漆黒の夜空を仰ぎ、彼は風を纏いて祈りを放つ。
─
今宵 闇に踊れ
我が力 我らが願い 汝の糧とならん
今宵 闇に舞え
我らが願い
汝の更なる 力とならん
風の精霊 ヴァルシェール
この地に平穏と祝福を
すべての加護に感謝を
最愛なる者に
この身を超えて
ありったけの幸福を
─
闇夜を裂く歓声。
魔力を呑んだ
漆黒の空に散った光の粒は、幾千の願いとなってオルマナの夜を彩った。
―
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます