ゼフィルが語る 赤裸々な想い 15-3



 あのさ。

 〈普通〉が〈特別〉に変わって、〈ふつー〉が楽しくなったこと、ある?



 オレはね、ある。

 飯がうまいとか、朝が気持ちいいとか、そんなの。

 くだらねえって思ってた全部が、どうしようもなく大事だって感じられるの。


 昔の記憶こいも、言えない罪も全部抱えて、この子のそばに居たいって思ってる。今。



 ──でも。

 言えない。ごまかしてばっかだ。 



 ……情けねえよ。オレ。

 気づいてからずっと、隠すので精一杯でさ。

 彼女の手を引いたまま、ひとっつも責任とれてねぇくせに、隣にいてほしいとか願ってる。



 今日のモナちゃん、ありえないくらい可愛くて。

 声かけようとして、目が合いそうになって、それでまた逸らして。

 どんだけ弱えんだよ、オレ。



 頭ん中、ずっと、幸せと罪が回ってんの。 


 不安にさせてんの解ってんのに、勇気がなくて。

 あんな顔させた自分がムカついて、どうしようもなくて、そんで、オレ……ぶちまけてた。


 彼女に、オレの、ほんとの気持ち。







 風献祭の夜。

 風送りの丑三つ時も迫る夜更け。

 胸のなかでこんがらがる全部を、口に出す。


 彼女の顔も、見られないまま。



「帰さなきゃいけない子、好きになってる。

 最初はそんなつもりなかったのに、毎日顔見れる今が幸せ。手放したくない。でも、彼女はオレのせいでこっち来て、しかも帰れないこと知らないんだ」


 

 オルマナのいろんなことに笑って、リヴィエールで驚いて。

 魔法に目ぇ丸めて、無邪気に笑うんだよ。

 オレのせいで家族と離れたのに。



「還してやりたい。親御さんとこに。

 でも離したくない。一緒にいたい。

 どうしようもねえよ、自分がクソでムカついてくる。

 でも、これがオレの本心」



 感情の泥に沈みながら、それでも吐き出していた。

 怖くて顔なんてあげんねえ。

 そんな余裕、どこにもなかった。




「……ゼフィー……」


 震える声がオレを呼ぶ。

 優しくて涙まじりの声に、心が、ぐらついて、早口で気持ちが、飛び出してく。



「笑うとさ、笑顔がくしゃっとすんの。

 楽しそうに手ぇ叩いて、あははははって笑うの。

 飯食ってる時マジで幸せそうで、仕事も一生懸命。

 誰にでも丁寧で礼儀正しくしてる彼女が、2人だけの時に砕けたりすんの。

 ……そういうの、堪んなくてさ。

 どんどん、全部好きになってた。」



 言いながら出てくんのは、全部モナちゃんの顔。


 あの子が居る場所には、光の魔法がかかるんだ。

 モナちゃんと話すと、みんな笑顔で帰ってく。



 そんな魔法、歴代魔法学者でも組めてないのにさ。

 マジですげえ。

 一緒に居たい。

 ずっとずっと、



「でも、元の世界に家族がいるんだぜ?

 親とか、恋人だっていたかもしれねえ。

 オレのせいなんだよ、オレが、連れてきちゃったんだよ。

 家族に手紙も送れねえのに笑ってんだよ。

 どんなツラしたらいいかわかんねえよ」



 きつい。

 痛みや苦しさが逃げまどって、眼球に集まってきた。

 前が見えねえ。

 情けねえ、情けねえ。

 好きな子の前で泣くなんて、オレ、何やってんだ。



「……ゼフィー……顔あげて……」

「……無理。見れない」



 届いてきた声が切なく優しくて、オレは首を振った。

 モナちゃん、駄目だって。

 そんな声出しちゃだめだって。

 甘やかしちゃ駄目だって。


 オレのせいなんだって。

 オレが、研究したからなんだって。

 犯人に優しくしたらだめだろ。

 

 っていうか、オレは何やってんだよ。

 罪悪感とスキに挟まれて、耐えらんなくなって、決めた言葉が〈コレ〉かよ。〈相談〉なんて前置きして、たとえ話で予防線張って、ほんと、バカじゃねえの。



「つか、だせえ。……かっこ悪。モナちゃんごめんほんと。正面切って、はぐらかさないで、言わなきゃいけないことなのに、オレ今顔も見れなくて、それで」

「ゼフィー……」


 それでも柔らかい声に、びくんって身体が跳ねた。


 期待と恐怖の胸騒ぎ。


 優しい声に、心が揺れる。

 次を聞くのが怖い。でも、受け入れてほしい。


 それがせめぎ合い俯く自分の、右手にそっと。

 あったかい何かが触れた。

 それが手だとわかった直後、彼女の小さな息遣い。



「わたしね、ゼフィーと会えて幸せだよ」



 柔らかい手が両手で、オレの手を包んで。

 導くように、上へ。

 気後れがちに目で追いかけると、彼女の微笑みが迎えてくれて、喉が、詰まった。



「オルマナが好き。ゼフィーが好き。だからゼフィーが苦しんでたら励ましたいし傍にいたい。そう思ってたよ、ずっと」


 

 胸に来る。   

 全部受け入れてくれそうな微笑みも。

 女神さまみたいな声も顔も。

 だけどその顔が寂しそうに曇って、彼女は言ったんだ。



「……でもゼフィー、わたしのこと帰さなきゃって思ってたみたいだったから、苦しかった。首輪が外れなきゃいいのにって思ってた」

「……モナちゃん……」



 本当に? マジで? いいのか?

 っていうかこんな顔、させんな。

 悲しそうな顔させんな、オレ。

 でも、でも……!



 ──そう、踏み切れない自分の方に、彼女の手が近づいてくる。


 少し構えた。

 なにされるか分かんなくて。

 でも、モナちゃんは笑った。

 オレのほっぺを両手で包みながら、花が咲いたような笑顔で。



「ゼフィーの笑顔が好き。

 空気が好き。

 ずっと隣にいたいの。

 ……そう、思ってるから、そんな顔しないで……」


 

 ──それは、〈言えないコト〉を抱えたオレの、胸をぐらんと揺らしたんだ。






 オルマナの祭壇。

 風の力が満ちる夜。

 星の天盤の下に、動揺を隠せぬ瞳で彼女を見るのは、ゼフィル・ローダー。


 ふつふつと集まりはじめた風の力を足元に、

「……だって、家族は」

 途切れ途切れに問いかける。


 すると戻ってきたのは、モナのちょっと困ったような顔だ。

 彼女はおもむろに宙をあおぐと──、くすり。



 懐かしむように後ろ手を組みながら、明るい口調で言う。



 

「……会えない痛みはあるけど、世界、跨いでLINE送れないし。電波届かないし」

 


 言葉の意味の、全ては解らなかった。

 けれど、その口調から、彼女がとうに心の整理をつけていたこと、元の居場所に執着がないことは解った。



 丘の上、淡く光る風々の筋を背景に語る彼女は、清々しい表情でほほ笑んだ。



「……わかってたよ、帰れないこと。わたし、わかってた」

「……」

「だからゼフィーが苦しむことない。自分を責めないで?」



 ──言われてすぐ。

 彼の胸に渦巻き凝縮したのは、罪の塊。

 〈でも、きっと、オレがしたこと聞いたら、嫌いになる〉──


 しかし、だけど。

 それらを押しのけ、零れ落ちた彼の言葉は──ひとこと。




「……モナちゃん。……大好き」





 丘の下。

 人々の期待が満ちていく。

 漆黒の夜空を仰ぎ、彼は風を纏いて祈りを放つ。





 今宵 闇に踊れ 羽飾りアメルナ

 我が力 我らが願い 汝の糧とならん 

 

 今宵 闇に舞え 羽飾りアメルナ

 我らが願い 祝詞のりととなりて

 汝の更なる 力とならん

 

 風の精霊 ヴァルシェール

 この地に平穏と祝福を

 すべての加護に感謝を


 最愛なる者に

 この身を超えて

 ありったけの幸福を





闇夜を裂く歓声。

魔力を呑んだ羽飾りアメルナが一斉に舞い上がる。

漆黒の空に散った光の粒は、幾千の願いとなってオルマナの夜を彩った。






 

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