第2話 奴隷と社会人
奴隷と社会人 2-1
──拝啓、現代のみなさま。
いかがお過ごしでしょうか。
わたしは今、オルマナという、洋画のセットの中みたいな街で奴隷してます。
ちょっと前までクレーム対応に追われながら、コンビニ弁当食べてネット配信を生き甲斐に擦り切れた生活してたはずなんですけど、気づいたらこうなってました。人生わからないものですね。
奴隷というと驚かれますが、求められているのは多分、ハウスキーパー的なもので、これから雇用主……いや、購入主(?)のゼフィルさんと擦り合わせになると思います。
あ。殴られたり手錠かけられたりしてません。念の為。
さて。
皆さん気になるわたしの購入主「ゼフィル・ローダー」さんは、「製麺工房ローダー」を営む店主さんでした。
多分25歳ぐらい。
多分独身。
アッシュゴールドの短髪に、オリーブクリーンの瞳で、髪の毛さらっさらのイケメン。背が高い。多分185ぐらいありそうな人です。
彼女は居そう。
セフレも居そう。(偏見)
ついでに言うなら、悲惨な恋愛してそう。(ど偏見)
そんな彼が、「パスタ屋やってる」と聞いて、わたしはてっきり海辺のパスタ屋でパスタ作りをの日々を想像しました。
が、実際は山の中の街。
パスタ屋じゃなくて〈製麺工房〉。
パスタ作るのはゼフィルさん。
若いしチャラいし、サーフボードもって「ウエーーーイ」しそうな外見なだけに、バイトじゃなくて店主ってところに驚きました。
……店先も手入れされてないし、やってるのかやってないのか悩むレベルの店構えだけど、彼的には〈人気店〉なんだとか。
……ホントかよ。
でも……
見かけ湘南男・調子もそれっぽい「ゼフィルさん」は、その見かけによらず、結構優しい人っぽいです。
彼の家に着いてすぐ、適当な履物を用意してくれたし、無地のワンピース(?)も洗ってくれました。部屋も用意してくれたし(片づけ雑だけど)、靴も買ってくれました。
手厚い福利厚生にビビるんですけど……
どうも本当に衝動買いだったみたい。
展開に追いついていけなかったのはわたしも同じなので大丈夫です。
さて。
皆さん気になっていると思いますが、〈わたしの外見〉についてご説明いたしますね。
結論から申し上げますと、変わってました。
奴隷……いや、人身売買……いや、ドレイ業者サンに〈赤い髪に青い瞳〉と言われた時は「誰のことだよ」って思いましたが、曇った鏡の向こうに映ったわたしは、元のわたしではなく……
オランダの人みたいな赤い髪はボブロング。
ちょっとゆるふわウエーブ、前髪はぱっつん。
青い瞳で、口元にほくろがある女の子にキャラメイクされており……
〈どこのアニメキャラ?〉〈っていうか遺伝子どうなってんの〉と思った。ガチで。
可愛い外見になって嬉しいけど、これはつまり〈転生〉ってことになるのでしょうか。
ああ、死ぬほど流れてきてた広告の漫画、ひとつでも読んでおけば良かった。顔は変わってるけど手とかの指紋はそのままなのよね。骨格も。どうなってるのこれ?
それ系が好きなフォロワーが「転生と転移は違うんだよ!」と力説してたのを思い出して聞こうかと思ったけど、スマホが見当たらない。バックも財布も免許もない。終わった。終わってる。
どこに消えたのいつから無いの。
あああ叫びたい。
あああああああクレカ不正利用されませんように。
で。〈この体の本来の人格はどこに?〉とか、〈これって転移?〉〈日本出たの土日だっけ? 金曜なら日曜に帰ればワンチャン……〉とか考える前に。第一の事件は降りかかったのです。
「──で。赤髪ちゃん。名前はなんてーの?」
それは、ゼフィルさんの自宅でのこと。
彼が名乗った流れでこちらの名前も聞かれたのですが、いや、無理くない?
あっちの名前は〈ゼフィル・ローダー〉とかいう海外名。こっちは純日本の〈篠塚モナ〉。
咄嗟にフル回転でそれっぽい名前を考えてみるも出てくるわけもなく、にこにこ笑顔で壁に詰め寄られたわたしは咄嗟に、
「モナ、……モナ・シン……どばると」
「わたしの名前は、モナ・シンドバルト!」
はい。あたまん中、思いっきり毎年GWに映画やってるあの小学生の映画のオープニングでした。
っていうか、もうちょっと清楚で可愛いのが良かったよ……?
そんなこんなで、情報量多すぎな一日が終了。
寝て起きたら日本に戻ってるかな~なんて思いながら起きました。
変わりませんでした。
二日目です。
※
遮光カーテンなんぞ着いてない窓から差し込む朝日で目を開け、やたらと質のいいベッドの上でスマホを探しまくり、見つからないことで異世界を実感す。
もそもそと起きながら、とりあえず服を脱いで服をたたみ、用意された簡素な民族衣装に腕を通し、曇った鏡を見て困惑。
やはり自分の顔じゃないのがそこに居るわけだが、赤い髪に青い瞳という可愛らしいキャラメイクに動揺しながらも喜んで、我に返った彼女が始めたのは──身だしなみと、掃除だ。
だってモナは〈日本人〉。
日本の認識では、《奴隷は家主が起きる前にすべてを済ませ、小間使いのように働き、怒られないようにしなくてはならない》と決まっている。
怒られる前にやる。
言われる前にやる。
オフィスの掃除と環境整備。
社会人として(奴隷として)当然のことである。
新しい環境下でいきなり動き回るのはリスクが伴うが、〈掃除ぐらいなら文句は言われないだろう〉と踏んだのだ。
むしろ、奴隷として買われているの動かないなんて、〈ありえない〉。
そうと決めたら動き出せ。
家探しするのは失礼なので、立てかけてあったホウキで掃く。その辺に転がってた布で床を拭く。
土足文化で恐ろしいほど汚いフローリングに戦々恐々としながらも、自室から下まで拭ききって、空気を入れ替え埃を取り除き、大掃除並みに整え、達成感に包まれた時。
その声は、モナの後ろから、寝ぼけ交じりに飛んできたのである。
「……モナちゃん。なに、やってんの……?」
「──え、あ、すいません! おはようございます、ゼフィルさん!」
右手で腹・左手で頭を掻きながら、ぼけっと声をかけたゼフィルに、モナはきびきびと返事をした。
その、深い礼に、一瞬。
ゼフィルは驚いたようにぴくんと瞳を回したが、一拍。そのオリーブグリーンの瞳でモナを捉え、軽く両手を上げると、
「あ、”せるま~”。おはよーす」
「おはようございます!」
〈せるま~〉を流して、もう一度、きびっとしたお辞儀を返すモナ。そんな彼女にゼフィルは、若干呆気にとられた。
時刻はまだ朝の八時を回った頃なのだが──モナは、やけに〈しっかりしている〉。
胸までの髪は綺麗に一つにまとめているし、服も用意したものをきちんと身に着け、ホウキに雑巾、まさに〈掃除を終えたところ〉、といった様子。
そんな彼女にゼフィルは、寝ぐせ交じりのアッシュゴールドの髪をわしわし搔きながら、ぐるりと部屋の中を見渡して──
「──……ってか、なんか……」
変わった室内に、思わず、声が漏れた。
埃っぽかった空気が妙に澄んでいる。
昨日までは砂でざらついていた床張りが、差し込む陽に反射している。
食事を食べるテーブルの周り、椅子は綺麗に片付いているし、天板のうえも埃っぽさがまるでない。
代わりに、濡れ布巾で拭かれたあとの、僅かな水筋が残っていて──清らかな輝きさえ放っている。
寝る前とは一変。
「整えられた空気」に、ゼフィルは──呆然。
そしてようやく、ゆっくりとその口を開くと
「やけに綺麗じゃね……?」
「あ、はい! お掃除、苦手だとおっしゃっていましたので、やっておきました!」
「…………朝から?」
「はい!」
「…………」
迷い無い返事に、ぼうっと立ち尽くす。
服の裾から手を突っ込んで掻いていた横っ腹もそのまま。
そんな、思わず手を止めリビングを眺めるゼフィルに、焦りまくるのはモナである。
彼のぼうっとした沈黙を、無言の圧としてとらえ、湧き出す動揺・走り抜ける恐縮。
あ。やば、やっちゃいけないことしちゃったかな……処刑!? 殴られる!? 新人がいきなり上司の命令もオペレーションもなく、良かれと思ってお掃除ムーブ……!
──まずい!
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