夢と希望

「国……?それはどういう……?」

 フギンは目をぱちくりと、瞬かせた。

 洞穴の生活も、そろそろやめても良い程度にフェンリルも回復した。

 朝日が彼の白銀の毛皮を透かしている。

「あぁ、他の奴らにとっちゃ国なんて馬鹿げた考えだと思われるかもしれないが。基本的に俺たち魔族は個人主義だろ?バラバラの群れをいっそ一つにして、対等に他の種族と付き合うってのはどうかと思ってな。」

 クァ……ッと欠伸をしてフェンリルは、フギンを軽く見ながら言った。

「魔族の中でも強さはバラバラだ。弱いやつも強いやつもいる。だがそんな奴らを一つにまとめられれば、食いっぱぐれも少しは減るだろ?」


 フギンはその言葉を聞いて、幼い頃、群れとはぐれて不安だった自分をフェンリルがまっすぐ見てくれたような気がした。 

 フェンリルのような立派な体躯の魔族はともかく、鳥系魔族は魔族の中でも弱い立場にある。

 縄張り争いではいつも負けて、拠点を転々と変えているのが常だった。

 その最中、群れとはぐれた自分を拾ってくれたのが、あの魔女だった。

 ――そんな弱い立場の自分を、目の前の【魔王】が対等に扱おうとしている。

 嬉しくないわけがない。


「……まぁ、まだどうやるか見当もつかないが。」

 フェンリルは、自分の計画性の無さを笑う。

「やりましょう。」

 フギンは間髪入れずに言った。

 フェンリルがフギンの過去を知っていたかは知らないが、少なくとも弱い者へ関心を向けられることに、フギンは彼が【魔王】になって良かったと心底思った。

「参考にできる種族がいますから、調査をしっかり行って、賛同者を集めれば……時間がかかるかもしれませんが、きっとうまく行きます。――やりましょう。」

 興奮気味に、前のめりなフギンに圧倒されつつ、フェンリルは自分の考えがおかしくなかったことに安堵した。

 ふっと息を吐く。

「そう、だな。お前も手伝ってくれるんだろう?」

「えぇ、もちろん。」

 朝の爽やかな風が、二人の身体を吹き抜けた。



 フギンは、カラスの姿で山を下り、小さな集落へ舞い降りた。

 建物の影に下降していく内に、翼は腕に、趾は人間の足に姿を変えた。

 地上に降りると、その影が立ち上がり一人の青年として現れる。


 濡羽色の髪の金目で細身、まるで女性のような顔をしている男性の姿。

 この辺鄙な田舎には不釣り合いなほど美しかった。


 だが、それを気にすることなく慣れた足取りで宿屋に入っていく。

「おっ!フギンじゃないか!いらっしゃい。」

 カウンターの向こうから亭主が、人の良さそうな笑顔を見せた。

「今回もお世話になります。」

 フギンは目を細めて微笑んだ。



 国を作ると目標が決まってから、とにかくまずは拠点を決めようと二人は考える。

「とりあえず、この地上で一番勢力が大きい種族は人間です。人間から国と認められて、やり取りできれば大分心強いと思います。」

 寝転がるフェンリルの横にカラスの姿で、ちょこんと座りながらフギンは言った。

「人間か。俺はあまり詳しくないが、お前は魔女と暮らしていたんだろう?どんな奴らなんだ、人間は。」

「私を拾ってくれた魔女様は、人間の中でもかなり変わり者と言いますか……あまり他人と関わらない方でしたので、参考になるか分かりませんね……。」


 あぁ、でも……と、フギンは懐から綺麗な石を取り出した。

「先ほど拾いましたが、人間はこういう魔石を資源として国同士で売買しているようです。」

 フェンリルは眉を顰めて、その石を見つめる。

「……こんな石ころを?ちょっと奥まった森やら山やらでよく見るぞ?」

 フェンリルは置かれた魔石を軽く転がして、怪訝な表情を浮かべた。

「人間の街で観察していて気づきましたが、これは魔法が使えない人間向けに、道具に取り付けて灯りを作ったり、水を温かくするのに使われるようです。まるで魔法の様に生活を支える技術だと、都市部を中心に高値で売買されているとか。」

 そう言って、フギンはフェンリルをまっすぐ見つめる。

「私たちには不要でも、彼らには必要不可欠なものになりつつあります。」

「つまり、この石があれば人間と渡り合えるきっかけになると。」

 フギンは、その通りです。と頷いた。


 その事から拠点は、他の魔族と衝突せず、かつ魔石が獲れる場所が良いという事になった。

 恐らく最初は国と言うには小規模なものになるだろうが、そんなものは安定して、豊かになったら追々広げればいいのだ。


 同時に人間がどのように暮らしているのか調べるため、フギンは人に化けて国を巡り、フェンリルは、条件に合う土地を見て回ることになった。

 単独行動で大丈夫かとフギンは心配したが、フェンリルは首を振る。

「逆に俺が単独行動していた方が、【魔王】だと気付き辛い上、狙う方も戦力がどれくらいかわからないから、攻撃しづらいだろ?」

 そう言って立ち去る彼の背を、フギンは見送った。

 心細い気持ちに蓋をして、フェンリルの背中を心に刻み、フギンは静かに翼を広げた。

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