モモンガ・リリの変なレンジャー魔法

HILLA

第1章 ラポシューディブル大森林

1.チャメルの愛

皆さんは、自分が死んだ時の事を覚えていますか?


私はハッキリとは覚えていないのですが、たぶん遅めのお昼休憩で、コンビニに行く途中で車に轢かれて死んでしまったんだと思います。


暴走車が、仲良くお手手を繋いで歩いているピカピカの小学生に突っ込もうとしてましてねぇ。


こっちが青信号だぞ! われぇ!


んんんっ、失礼いたしました。


まぁ、助けられるかどうか分からないのに、咄嗟に体が動いてしまいましてねぇ。そこにドカンとね。


暴走車は、そのままどっかにぶつかったような音を立ててましたね。その後、狂ったような笑い声が響いてました。


あのクソアマ! 禿げた上で、死ぬよりも苦しい思いをしやがれ! 絶対酔ってたわ! クソが!


ああ、これまた失礼いたしました。どうしても感情的になってしまって……


これ以降の記憶は無いので、どうなったのか分からないんですが、突き飛ばしてしまった子供達の怪我が、擦り傷程度だったらいいなと願うばかりです。


「王様。この魂、どうしましょうか?」


「どうするって聞かれてもなぁ」


なんともまぁ、死後の世界は愉快な所みたいです。なんたってアルパカとライオンが話してるんですよ。ふふふ、癒される。


って、どっちも二足歩行?


まぁ、喋ってるくらいだもんね。あの世に行くまでの間の、ささやかな夢をプレゼントされたんだわ。


ってことは、きっと子供を助けられたんだろうなぁ。よかったよかった。


お父さん、お母さん、30歳で死んじゃってごめんね。でもね、莉里りりは最後にヒーローになったよ。桃レンジャーになれたんだよ(小さい頃の夢)。


「ん? お前さん、ヒーローになりたいのか? そうか、そうか。万事解決だ」


「お、おうさま?」


「人間を転生させたとなったら、周りが五月蝿いだろうが、あの腐った世界なら納得してもらえる。情けでヒーロー仕様にしてやればいい」


えっとぉ……よく分からない夢が終わらないから、ノリでボケてただけなんですけど?


「いい、いい。遠慮するな」


いや、遠慮とかじゃなくて……って、笑いながら去って行かないで。


本当に全く分からないんだけど、決定権てライオンの王様にあるんじゃないの? アルパカちゃん、ハンカチ出して汗拭いちゃってるってことは、そういうことでしょ?


「あ、はい、いえ、その」


めっちゃ動揺してる。かわよ。動物大好き。


「ごめんなさい。人間無理です」


あ、はい。こちらこそ、唐突に告白してごめんなさい。だから、丁寧に頭を下げないで。傷付く……ぐすん……


「状況をご説明させていただきますね」


はい、お願いします。


アルパカさんは、軽く咳払いして、真面目な表情を作っている。可愛い。


「ここは、ウェルスタンという場所です。そして私は、動物達の転生のお手伝いをしている者になります」


動物達の転生?


あ! 人間も動物ってことで、子供を助けたから、私も転生させてもらえるってヤツですか?


「違います。人間という種族は底辺の生き物ですので、転生システムは存在しないんです。ただ他の神様の気紛れで、たまに転生する人間はいるようですね」


底辺の生き物かぁ。いい人もいるんだけどなぁ。


「確かに悪い人ばかりではありませんが、悪人が多いんですよね。どうして他者を慈しめないのか、どうして仲間を大切にできないのか……。元々は、人間も転生システムがあったんですよ。しかし、穢れた魂を浄化する部署の方達ばかり、過労で倒れてしまいまして……そこまでして救ってあげる必要は無い、という結論に至ったそうです」


まぁ、アルパカさんが言ったように、悪い人間もいますからね。私の死ぬキッカケを作ったクソ女とかね。


「そうですね。他の管轄ですので予想ですが、あの者の魂がこちらに来ましたら、五寸釘で固定されたのち、火刑に処されるでしょう」


んっ、んん、そそそうですか……ムカついてて絶対に許さんとは思うけど、そう聞くとちょっとビビる……


「脱線してしまい申し訳ございませんでした。えっとですね、敷島しきしま莉里さんの転生ですが、実はチャメルさんからの依頼でして」


え? チャメル!? もしかして、チャメルに会えるんですか!?


「いえ、3年前にここに来られた際、ご自身の転生権利を莉里さんに譲られたため、消えられました」


そ、うですか……


胸が痛くて、涙が次から次へと溢れてくる。だけど、頬が濡れている感じはしない。そもそも目があるのかも不明だ。だって、手も足も体も見当たらないのだから。だが、確かに我慢できない寂しさが、瞳から漏れ出ている気がするのだ。


チャメルというかわい子ちゃんは、3年前に亡くなった私のペットだ。真っ白で、しっぽの先だけ真っ黒という珍しい色をしていた。いつも走ったり飛んだりしていて、困る場面もしばしばあった。とても賢い可愛い子で、私の言葉に反応して鳴いてくれていた。私を笑顔にしてくれていた。


「チャメルさんの転生を説得しようと試みましたが、最後まで愛してもらったお礼だと頑なに頷いてはもらえず、魂でいられるタイムリミットが近付き、その時の担当が折れてしまったんです。莉里さんはドジだから、転けた拍子に死んでしまうかもしれないと。さすがにそれは不運すぎるからと」


確かによく足の小指をぶつけて悶絶してたけど。でも、きっとドジじゃない。


「ただその担当も、後から報告された私も、本当に莉里さんの魂がウェルスタンに辿り着くとは思っていませんでして……それで先程は、慌てて王様に指示を仰いだのです」


はい! 疑問なんですけど、王様は神様じゃないんですか?


「我々は皆、神ですよ。我々、神のボスが、あの方になります」


そりゃそうか。転生を操れるんだから、アルパカさんも神様か。


和やかに会話をしてくれていたアルパカさんが、わずかに俯き、言いにくそうに口を開けたり閉じたりしている。きっと今から王様ライオンさんが口にした「腐った世界」「情けでヒーロー仕様」という言葉の説明に入るのだろう。


スパッと言ってくれて大丈夫ですよ。チャメルの愛で私は転生できるんですから、次がどんな人生だとしても強く生きてみせます。チートみたいですしね。


まぁ本音は、私じゃなくて、チャメルが転生して幸せになってほしかったですけど。


浮かべられているか微妙だが、私的には苦笑いをしているはずだ。


「もう聞かれたいことはありませんか?」


えっと……はい……どうして気合いを入れられているんでしょうか?


「では、チャメルさんの転生枠を使用し、敷島莉里さんを生まれ変わらせます。莉里さん、どうぞ新生を楽しんでください」


え? ちょ、ちょっと! 説明は!?


笑顔で前足を振るアルパカさんが、白色に同化していく。やりきった感を醸し出している姿に、これからの世界の説明が言い難いんじゃなくて、人間を転生させる不安が押し寄せていたんだと分かった。解き放たれたという安堵からの笑顔が、本当に輝いていた。


視界は一転して暗くなり、急に重力が戻ってきた。体がある感覚がきちんとある。


恐る恐る目を開けると、月明かりが差し込む夜で、辺り一面大きな木と枝と葉っぱだった。


ん? んん? 木ばっかなんだけど?


キョロキョロするが、見渡す限り大きいだろう木ばかり。しかも、見えるのは幹じゃない。枝や葉だ。


巨人が住んでいる所に放り込まれた?


無意識に頭を掻いて、違和感が体を巡った。息を詰まらせながら、ゆっくりと両の手を目の前に持ってくる。


見えたのは骨張った指とカギ爪。可愛い肉球。毛に覆われている手の甲や手首や腕。なんと手の小指から足の小指まで飛膜がある。


アワアワしながら、勢いよく自分の真っ白な毛で覆われた体や先っぽだけ黒い尻尾、足元、周りの景色を見回して……理解した。


——これ、きっとチャメルの姿だわ——と。


こうして私は、フクロモモンガとしての第二の人生を歩み始めたのだった。



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