第6話 静寂の中で

美佳は最後の投稿をした。

「しばらく投稿を休みます。皆さんからいただいたたくさんの贈り物、本当にありがとうございました。どれも大切にしています。これからも大切にしていきます。また気が向いたら戻ってくるかもしれません。その時はよろしくお願いします。#何もいらないから全部くれ」

投稿を終えて、美佳はスマートフォンをそっと置いた。

部屋を見回すと、この数ヶ月でもらった贈り物がたくさんあった。植物、本、写真、手紙、小物。どれも誰かが「要らない」と思ったものだったが、今では美佳の生活に欠かせないものになっていた。

特に、花田さんからもらったカメラは、美佳の日常を変えてくれた。毎日写真を撮ることで、世界の見方が変わった。

でも、SNSを更新しなくなってから、美佳の生活はゆっくりとしたペースに戻った。

朝起きて、植物に水をやる。午前中は本を読む。午後は散歩をしながら写真を撮る。夕方は紅茶を飲みながら、その日の写真を見返す。

誰に見せるでもない、自分だけの時間。

でも、物足りなさは感じなかった。むしろ、久しぶりに心が落ち着いた。

三週間が過ぎた頃、美佳の元に手紙が届いた。

花田静子さんからだった。

『美佳さんへ

SNSの更新が止まっているので、心配になって手紙を書きました。

美佳さんが主人のカメラを大切に使ってくださっているのを見て、とても嬉しく思っていました。

もし何かあったのでしたら、無理をする必要はありません。美佳さんのペースで、美佳さんらしく過ごしてください。

主人がよく言っていました。「大切なのは、どれだけたくさんの人に認められるかじゃない。どれだけ真摯に生きるかだ」と。

美佳さんは十分に真摯に生きていると思います。

 花田静子』

美佳は手紙を読んで、涙が出そうになった。

自分は認められたくて活動していたのだろうか?それとも、本当に純粋な気持ちだったのだろうか?

その答えは、おそらく両方だった。

最初は純粋だった。でも、注目されるうちに、承認欲求も混じってきた。それは人間として自然なことかもしれない。

でも、大切なのはそこではない。

美佳は花田さんに返事を書いた。

『花田さんへ

お手紙ありがとうございました。とても心が温かくなりました。

私は少し迷っていました。自分が何をしているのか、何のためにしているのか、わからなくなっていました。

でも、花田さんの手紙を読んで気づきました。私はただ、毎日を大切に生きたいだけでした。皆さんからいただいたものを大切にして、感謝の気持ちを忘れずに生きたいだけでした。

カメラは今も大切に使わせていただいています。毎日、ご主人の愛情を感じながら撮影しています。

ありがとうございます。

 田中美佳』

手紙を投函した後、美佳は久しぶりにSNSを開いた。

最後の投稿には、たくさんのコメントが寄せられていた。

「お疲れさまでした」

「またいつか戻ってきてください」

「美佳さんのお陰で、物を大切にするようになりました」

そして、一つ一つのコメントを読んでいると、批判的なメッセージよりも、感謝のメッセージの方がはるかに多いことに気づいた。

美佳は微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る