第36話: 仲間を襲う、ヴァロワールの魔手

 仲間たちとの絆を再確認し、ヴァロワール打倒への決意を新たにしたクロエ。


 彼女はエリオットから得た情報を元に、レガシー・コロッサスの制御システムに干渉し、その起動を阻止あるいは暴走させるための、より具体的な作戦の立案を進めていた。


 その計画は、極めて高度な魔導ハッキング技術と精密なタイミングでの物理的介入を組み合わせた、複雑かつ危険なものだった。


 成功すればヴァロワールの野望を完全に打ち砕くことができるだろう。しかし一歩間違えれば、王国全体を巻き込む大惨事を引き起こしかねない「諸刃の剣」でもあった。


 一方、ヴァロワールもまたクロエたちの動きを警戒し、自身の計画の最終段階を加速させていた。


 レガシー・コロッサスの完全起動にはいくつかの重要な要素がまだ不足していたが、その中でも特に重要だったのが、コロッサスの莫大なエネルギーを安定的に制御し、増幅させるための特殊な魔力資質を持つ「生体触媒(バイオ・カタリスト)」の存在だった。


 そして——結社の情報網とヴァロワールの持つ古代の知識が、その「触媒」として最も適合する可能性のある人物をついに特定した。


 それは魔術師団第三課所属の新人、リリィ・プランケットだった。


 彼女の持つ、一見平凡に見える魔力。しかしその深層には、古代カルドニアの巫女の血統に由来する、極めて稀有で純粋な「調和の魔力」が眠っていたのだ。


 その魔力はレガシー・コロッサスのような、強大すぎる古代兵器の荒れ狂うエネルギーを鎮め、安定化させるために、まさにうってつけの資質だった。


「リリィ・プランケット……

 あのクロエ・ワークライフの傍にいる、

 取るに足りない小娘か。


 ふん、好都合だ。

 あの娘を手に入れれば、

 コロッサスの起動は確実なものとなる。


 そして、クロエ・ワークライフへの、

 これ以上ない揺さぶりにもなるだろう。


 直ちにあの娘を捕らえよ。

 ただし決して傷つけるな。

 生きたまま、私の元へ連れてくるのだ」


 ヴァロワールの冷酷な指令が、結社の精鋭部隊「黒橡くろつるばみ」に下された。



 その頃クロエたちは、天文台のアジトで、最終作戦のシミュレーションと各自の役割分担の確認を行っていた。


 リリィも地上からの情報支援役として重要な役割を担うことになっていた。


 まさにその作戦会議が佳境に入ろうとしていた、その時。


 アジトの周囲に張り巡らせていたクロエ特製の多重防御結界の一つが、突如として破られた——という警告アラームがけたたましく鳴り響いた。


「敵襲です!

 それも、かなりの手練れ!

 おそらく黒橡くろつるばみ!」


 クロエは即座に状況を判断し、迎撃態勢を指示した。バーンズがアジトの入り口を固め、クロエと偶然アジトを訪れていたシオン(彼はこの作戦にも興味津々で、半ば強引に参加を表明していた)が、中庭で敵を迎え撃つ。


 リリィは、後方で情報支援とアジトの防御システムの制御を担当する。


 現れたのは、その名の通り音もなくまるで影のように忍び寄る、十数名の黒装束の暗殺者たちだった。


 彼らは一切の無駄口を叩かず、ただ冷徹にクロエたちに襲いかかってきた。


 激しい戦闘が始まった。クロエの精密な魔法とシオンの予測不能な古代魔術、そしてバーンズの力任せだが強力な範囲攻撃が、暗殺者たちを次々と打ち倒していく。


 しかし敵もまた、高度な連携の取れた波状攻撃で、巧みにクロエたちの攻撃をかわしながら反撃の機会を窺っていた。


 そして、その戦闘の最中。クロエたちの注意が前方の敵に集中していた、ほんの一瞬の隙を突いて——アジトの地下通路から別働隊として潜入していた数名の暗殺者が、リリィがいた後方の情報処理室を急襲したのだ。


「きゃあああっ!」


 リリィの悲鳴がアジト内に響き渡った。


「リリィさん!?」


 クロエが振り返った時には、既に遅かった。情報処理室の扉は破られ、リリィは、口を塞がれ、意識を失った状態で、屈強な暗殺者に担がれて連れ去られようとしていた。


「待ちなさい!」


 クロエは怒りに燃えて追撃しようとしたが、それを阻むかのように、残っていた暗殺者たちが捨て身の覚悟で彼女の前に立ちはだかった。


 彼らが時間を稼いでいる間に、リリィを連れ去った暗殺者たちは、予め用意していた脱出ルートから煙のように姿を消してしまった。


 ——数分後。残っていた暗殺者たちを全て制圧したクロエたちの元に、ヴァロワールからと思われる、冷酷なメッセージが届けられた。


『クロエ・ワークライフ。

 リリィ・プランケットは、我が保護下に置いた。


 彼女の身の安全を望むのであれば、

 私の要求に従うことだ。


 要求は二つ。


 一つ、君が持つ

 レガシー・コロッサスに関する全ての情報と、

 その制御システムへのアクセスキーを

 速やかにこちらへ引き渡すこと。


 二つ、君自身が、コロッサスの制御補助のために

 私の元へ投降することだ。

 君のその卓越した魔力効率と最適化能力は、

 コロッサスの最終調整にこそ発揮すべきだ。


 期限は二十四時間。


 もしこの要求を拒否するか、

 あるいは小賢しい真似をしようとすれば……

 あの娘の命の保証はできない。


 だが、もし協力に応じるのであれば、

 君には、私が創り上げる新世界の、

 それ相応の地位を用意してやってもいい。

 よく考えることだ』


 仲間を人質に取り、そしてあろうことか自分自身の能力まで利用しようとする、ヴァロワールの卑劣なやり方。


 クロエは、そのメッセージを読み終えると、静かに、しかしこれまで感じたこともないほどの激しい怒りに身を震わせていた。


「……リリィさんは必ず、私の手で助け出します。


 そしてヴァロワール……

 あなたのその、どこまでも非効率で、

 自己満足に満ちた計画も——


 ここで完全に、そして永遠に、

 終わらせて差し上げます」


 彼女の瞳には、もはや冷静さだけではない、燃えるような復讐の炎が宿っていた。


 彼女はヴァロワールの要求を逆手に取り、リリィを救出すると同時にヴァロワールの懐に飛び込み、その野望を内側から叩き潰すための、かつてないほど大胆かつ危険な作戦を、瞬時に立案していた。


 それは、彼女のこれまでの戦いの中でも最も困難で、そして最も大きな犠牲を伴うかもしれない究極の選択だった。

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