第23話: 深夜の別荘、仕掛けられた罠
「オペレーション・ナイトフォール」決行の夜。月も隠れた新月の闇が、王都郊外の寂れた貴族の別荘を、不気味なまでに静かに包み込んでいた。
クロエ・ワークライフとアラン・クルツは、最新の隠密魔法と、魔力反応を極限まで抑制する特殊素材で作られた潜行スーツに身を包み、まるで闇に溶け込むように、その屋敷の敷地内へと侵入していた。
アランの潜行スーツは彼の鍛え上げられたしなやかな体躯に寸分の狂いもなくフィットし、月光を浴びて銀髪が怜悧な光を放つ。そのアイスブルーの瞳は、闇の中でこそ、より一層の鋭さを増していた。
彼らが掴んだ情報によれば、今夜ここで、ヴァロワール宰相と「黄昏の
目的はおそらく、オリジンコアセクターの古代兵器の本格起動に関する最終調整と、今後の計画の共有だろう。
「アランさん。
屋敷内部の警備状況は?
私の事前スキャンでは、
少なくとも十数名の魔力反応を探知していますが、
それ以外にも物理的なトラップや、
特殊な感知結界が
複数仕掛けられている可能性があります」
クロエは、屋敷の庭園に潜みながら、骨伝導式の秘匿通信機でアランに囁いた。
『ああ、俺の斥候からの報告でも同様だ。
表向きは廃屋だが、
内部には結社の戦闘員と思われる連中が、
かなりの数潜んでいる。
それも、ただのチンピラではない。
高度な訓練を受けた、プロの暗殺者や工作員の類だ。
しかも屋敷全体が、強力な対魔法結界と、
魔力探知を妨害するジャミングフィールドで
覆われている。
正面からの突破は不可能に近い』
アランの声も、緊張を隠せない。
「結構です。それならばプランB-2に移行します。
私がジャミングフィールドに一時的な『穴』を開け、
その隙にあなたが内部のセキュリティシステムに
物理的にアクセス。
監視カメラの映像をループさせ、
感知センサーを無効化する。
その後、二人で同時に、
最短ルートで会合場所と予測される
最上階の応接室へ向かいます。
所要時間、五分以内。
誤差はプラスマイナス三十秒まで許容。
よろしいですね?」
『…了解だ。君のその精密すぎる計画には、
時々眩暈がするがな。
だが、信じよう』
クロエは目をわずかに見開くと、オプティマイザー・ロッドの先端から、極細の魔力ビームを放射した。それは、屋敷を覆うジャミングフィールドの、ごく一部分の周波数帯だけを狙い撃ちし、ほんの数秒間だけ、その機能を麻痺させる特殊な干渉魔法だった。
その瞬間を逃さず、アランが影のように屋敷の壁に取り付き、特殊なツールを使って外部セキュリティパネルをこじ開け、内部システムへと侵入していく。
彼の動きは、まるで幾度も同様の所業を積み重ねてきた熟練の盗賊のように無駄がなく、正確だった。
数分後、アランから「処理完了。内部監視システム、一時的に沈黙」という合図が送られてきた。
「結構です。では、行きましょう。
くれぐれも、無駄な戦闘は避けてください。
我々の目的は
あくまで証拠の確保と、
可能であれば幹部の捕縛です」
二人は、音もなく屋敷の内部へと侵入した。薄暗い廊下には、確かに複数の見張りが立っていたが、彼らはアランが無効化した監視システムの映像を信じ込み、全くこちらに気付いていない。
クロエとアランは、彼らの死角を縫うように、あるいは、一時的に対象の認識を歪める微弱な精神操作魔法を併用しながら、次々と警備網を突破していく。
——もはやこれが二人の本職かと疑われるほどに。
ついに最上階、目的の応接室の扉の前へと辿り着いた。扉の向こうからは、確かに複数の人間の話し声と、強力な魔力の気配が漏れ聞こえてくる。
「……ビンゴ、ですね」
クロエは小さく呟いた。
アランが頷き、二人はアイコンタクトで突入のタイミングを計る。扉を蹴破り、室内に躍り込んだ、その瞬間。
「——お待ちしておりましたよ、
クロエ・ワークライフ嬢。
そして騎士団の裏切り者、アラン・クルツ」
部屋の中にいたのは、ヴァロワール宰相ではなかった。代わりに、不気味な仮面で顔を隠した、黒ずくめのローブの男が数名、そして、その中心には、見るからに強力な魔力を纏った、屈強な体格の男が一人、悠然と椅子に座ってこちらを見据えていた。
「黄昏の
罠だ。それも、最初からクロエとアランを誘い込み、ここで確実に仕留めるための、周到に準備された罠だった。
「やはり、そう簡単にはいきませんでしたか。
まあ、これも想定内のシナリオの一つです。
プランC-1に移行。
目標を、敵幹部の無力化及び情報奪取に変更。
アランさん、援護を!」
クロエは、即座に状況を判断し、戦闘態勢へと移行した。
激しい戦闘が始まった。敵は数で勝り、連携も取れている。特に、中心に座っていた幹部の男は、古代魔法と思われる、物理的な衝撃を伴う強力な攻撃を次々と繰り出し、クロエとアランを苦しめる。
応接室は、魔法の応酬で高価そうな調度品も徹底的に破壊され、見るも無残な姿へと変わっていく。
クロエとアランは、背中を合わせるようにして戦いながらも、徐々に追い詰められていく。しかし、二人は決して諦めなかった。クロエの精密な魔力操作と予測能力、アランの変幻自在な剣技と戦闘経験。それらが、絶妙な連携を生み出し、少しずつだが、確実に敵を翻弄し始めていた。
どれだけの時間が過ぎただろうか。激闘の末、ついにクロエの一瞬の隙を突いた奇襲魔法が、敵幹部の防御を破り、彼を戦闘不能に陥らせた。
残りの戦闘員たちも、主を失ったことで動揺し、アランによって次々と制圧されていく。
「…ふぅ。
なんとか、切り抜けましたね。
ですがヴァロワールはいませんでした。
——やはり、これは陽動だったのでしょうか」
クロエは、荒い息をつきながら言った。アランは、倒れた幹部に近づき、その懐を探った。すると、一枚の羊皮紙が出てきた。それは、何らかの暗号で記された、地図のようなものだった。
「クロエ、これを見ろ。
おそらく、奴らの別のアジトの場所だ。
研究所のような場所ではなく、
もっと実践的な……
武器庫か、
あるいは訓練施設のような場所かもしれん」
クロエはその地図を受け取り、アナリティカル・レンズで素早くスキャンした。
「…確かに、これは興味深い情報です。
ヴァロワール本人を捕らえることは
できませんでしたが、
無駄足ではなかったようですね。
次の目的地が、はっきりと見えました」
二人は、屋敷に増援が到着する前に、捕縛した数名の戦闘員(幹部は、あろうことか口封じの魔法で自害してしまった)と、押収した暗号化された地図を手に、闇に紛れてその場を撤退した。
オペレーション・ナイトフォールは、当初の目的を達成できたとは言えない。しかし、それは同時に、次なる戦いへの重要な手がかりを掴む、新たな始まりでもあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます