強制! 新生活



 わけのわからないままに帰宅した。

 帰った後に残骸になっているベットのことを思い出して半ば半泣きになりながら粗大ごみの廃棄申請と新しい簡易ベットの通販購入をタブレットで申し込んだ翌日のことである。


「……ここがAクラスかぁ」


 翔騎は渡された紙を片手に一つの校舎に辿り着いていた。

 Aクラスへのしおり。

 などと書かれていた書類に、校門からの道順と丁寧に担当教師の電話番号まで書いてあった。


 表紙には虎っぽいのがリングドーナツを咥えている絵が書かれてるけど、虎の穴という意味?

 なんか丸っこい可愛らしいいイラストなんだけど。

 これ誰が用意したんだろう。


 などという疑問を片手にとぼとぼと、Cクラスの同級生たちへのさよならも出来ずに辿り着いた校舎は、その。


「ゴツい」


 ゴツいとしかいいようがなかった。

 今どきねえだろって言わんばかりの全面コンクリむき出しの三階建ての建物だった。

 しかもむき出しというか、あちこち罅が……いや、これ補修されてないか? かなりの回数。

 なんとなく真新しい感じの塗具合と年季が入った土台部分でちょっとしたモザイクになっている。


「しかも……うわ、え、下駄箱ないの?」


 学校なのに上履きはいらないと書いてあったからおかしいと思ったが、外履きのまま入るようになってた。

 外国基準かな?


(しおり曰く、教室は三階らしいけど……)


 なんかAクラスってかいてあるだけで、Aの何組か書いてないんだよなぁ。

 腕時計で時間を確認。

 まだ時間に余裕があることを確認して、翔騎は校舎内を進んでいった。


「……なんか足跡があんな」


 階段を探して廊下を進んでいく翔騎の目に、無視出来ないものが映る。

 足跡。

 それも剥き出しのコンクリート床にわかるようなでかい足跡が刻まれていた。

 残っているじゃなくて刻まれている。

 何度も往復したのだろう、中央の真ん中を入る側と出る側で残されていてその回数分だけ床がすり減っている。


 足幅だけで翔騎の足の二倍ぐらいでかい。


(巨人でもいるのか?)


 鬼人オーガか、はたまた靭人トロルか。

 いまだ見ぬAクラスへの不安は膨れ上がっていく。


 明らかにそいつが踏み外したんだろう一部が欠けが目立つ階段を登って三階。

 長く感じる廊下奥の突き当り、そこにAクラスと書かれた名札の張られた扉があった。


 一つだけである。


「一つだけ?」


(え、Aクラスって一つしかクラスねえの?)


「……マジでエリートなんだな」


 全校生徒3千人を超える王武。

 その中の大半はD、それから半分ぐらいの規模でC、さらに上として実力差によるランク争いを行う12組に振り分けられた実戦組のBクラス。

 そして、その上になるAクラスといえば……謎に満ちている。


 曰く、王武の秘密兵器。

 曰く、他校を八つ裂きにした問題児たちの隔り部屋。

 曰く、教師より強い天才だらけで放置されている。

 曰く、目にすると不幸になる怪物。

 曰く、神の寵愛を受けた神童たちの聖域。


 たった半年程度だが、噂だけはちらほら聞こえている。

 そんでもってあの美少女オブ美少女で、いきなり殺しにきた斬姫を見ればその噂はそんな間違ってないと思われる。


 そんな連中に今日から仲間入り……


「マジで帰りてえ」


「入らないんすか? 遅刻するっすよ」


「その、緊張しちゃって」


「緊張するようなことあるっすか?」


「いや、だってあのAクラスだぞ。心の覚悟ぐらい……、!?」


 振り抜く。


 手刀を振り抜いた背後、3メートル32センチ6ミリの距離を取った知らない顔が立っていた。


 下着の美少女がいた。


「はい?」


 青い髪、しっとりと濡れているようなダークブラウンの犬耳がぺたんと閉じている。

 アーモンドみたいにクリっとした形の黄褐の瞳に、ワーオといわんばかりに開けられた口。

 どことなく子犬を思わせる童顔の可愛らしい顔だが、その手足はすらりと伸びるところは伸びて、膨らんでいるところはかなりでかい、尻と太股は太い。

 耳と同じ色のフサフサの尻尾が、肉付きのいい尻から垂れ下がっている。


 なんでそこまで見えるかって?

 見えるからだ。


 下着姿でそんなムチムチ美少女が立っているからだ。

 サンダルしか履いてねえけど!


「どもっす」


 もう一度言おう。

 下着姿の美少女が手を振っている。挨拶をしてくれている。


「夢かな?」


 ぎゅーっと頬を抓る。

 痛い。


「朝っすよ」


「……ここは君の部屋だったりする?」


「違うっす。ここはAクラスの前っすね」


「…………なんか下着しかつけてねえ痴女が挨拶してんだけど、寝ぼけてんのかな」


「あ、それちゃんと起きてるっすね」


「なんで下着!?」


「自分、汗かきっすから。おーい、みんな、新しいお友達がきたっすよー」


「まって! これそんな流していい流れだった!?」


 止める間もなく、横をすり抜けた下着美少女が扉を開けて入っていった。

 慌ててその後ろを追いかけて入る。



 それは大きな教室だった。

 そこにいたのは。


「あ、やっときたわね」


 椅子に座り、文庫本を読んでいた金髪美少女。

 学生服の上に赤い外套を羽織ったキリエ・パーシヴァル。


「シュコー、ふぅううフフフ」


 椅子にすわ……座っているといっていいのか。

 なんか全身ぴっちりとした真っ黒なスーツ、ライダースーツというべきなんだろうか。

 継ぎ目の見えない真っ黒な全身の上から何本も、何十にも、全身ありとあらゆる場所にベルトを巻き付けている。

 ツヤツヤした銀髪おさげに、顔を覆う鳥のようなマスクをした怪人。


「……」


 ダボッとしたコートに、チクタクチクタクと音を鳴らす懐中時計をあちこちにぶら下げた眼鏡の青年。

 机の左右には、なんというか数学の授業で見るような三角定規(武器になりそうな奴)を下げている。

 そんな奴が、机の上でボトルシップを作っていた。

 真剣過ぎる顔で、ピンセットをボトルの中に突っ込んでいた。


『転向生か、己の前が空いているぞ』


 でかい。

 椅子も机もでかいやつがいた。

 分厚い金属質の体、太ももだけでも大人の胴はあるだろう足、ゴツゴツとしたバイザーからくぐもった声、座高だけでも2メートルは超えてそうな大きな大きな。

 フルプレートの巨人が、特注製だろうイスに座って腕組みをしていた。


「キリエちゃんの横っすねー、やあこれで前の席が三人埋まったっすよー」


 窓際の席には先程の下着少女が、クッションを敷いて椅子に座っている。

 埋まっている5つの席と空いた席が1つ。


 それがこの教室にある椅子と机の数で。


「……あの、もしかして教室間違えたかな。俺、Aクラスにいきたかったんだけど」


「あってるわよ」


「ここがAクラスっすよ~」


『常識人がきたようだな、ウェルカぁム!』


 もっとも常識的じゃないの三指を争ってそうな奴がほざくんじゃねえ!!


「まって! まってくれ! なんで五に、ごにん!? おかしくない?!」


「いや人っていうのをためらったわね」


「ふゥうウウ……私の美しさを、人と信じたくないのは分かるとも」


「静かに。今、集中をしているんだ……ぁ、ぁあああああ!!」


「やっちゃったっすね」


 会話、会話が成立している。

 こいつらは人語を理解する生物なのか。


 驚くべき事実に翔騎が打ちのめされていると、後ろのドアがガラリと開いた。


「おーす、お前ら六人揃ってるな。出席は省くぞー」


 いやあ楽だなーと呑気にいいながら、ボサボサ頭で煙草を咥えた多分教師らしい男が入ってきた。


「先生!? 先生ですか、なんですかここ! 五人しかいないんですけど!」


「ああ、それで全員だからよ」


「え」


「Aクラスはこれで全員だ。おめでとう織部翔騎、お前が――六人目シックスマンだ」



「うそ、だろ」




 少数精鋭にも程があるだろ!



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