第33話 アルバートとルドヴィック
「そもそもの始まりはヒュラス卿から手紙が届いたことだ」
そう言って話し始めたのはアルバートだ。
ミラベルはなぜルドヴィックがミラベルの居所を知っていたのかすらわからない。
「ルドヴィック卿からの手紙にはミラベルが困っていないか、何か困っているようであれば知らせて欲しいとあった」
「私とマリエッタが別れてすぐにリカルドがミラベルと離婚しただろう。なぜそんなことになったのかはすぐにわかったよ。そしてミラベルがどうするのかが心配になった。リカルドは気づかなかったようだが、リュミエ家に戻ることはできないだろうからね」
そうだ。リカルドは何もわかっていなかった。離婚すればミラベルは当然リュミエ家へ戻ると思い込んでいたのだから。
「ミラベルには申し訳ないと思ったが、何かあってからでは遅いと思って調べさせてもらったんだ。そうしたらアルバート商会にいるというじゃないか」
「ミラベルには知らせることなく、何かあれば連絡が欲しいと俺宛に連絡がきたんだよ」
気づけばアルバートの口調が崩れている。もしかするとアルバートとルドヴィックが二人で話す時にはそうなのかもしれない。
「新しいおもちゃに夢中になるように、しばらくはリカルドの興味はマリエッタ一色になるだろう。急な離婚だと聞いていたから細かな手続きは後回しになる可能性が高い。であればそれまでのミラベルの生活がどうなるのか気になった」
そう言ったルドヴィックはミラベルへ気遣わしげな視線を寄こす。
実際に母親の形見を担保にしてアルバートから資金を借りたのだからルドヴィックの予想はあながち間違ってはいない。
「私から直接援助を申し出ようかとも思ったのだが、それはアルバート卿に止められてしまったよ」
苦笑しながら言ったルドヴィックにアルバートはそ知らぬ顔をした。
「私からの援助をミラベルは喜ばないだろう、とね」
たしかに、もしルドヴィックからその話があったとしてもミラベルは受け入れることができなかっただろう。ルドヴィックに対する負い目もあったし、リカルドに対する意地もあったからだ。
「そこでアルバート卿にミラベルの様子を伝えてもらうことを条件にしばらく静観することにしたんだ」
まさかそんなことが二人の間でやり取りされていたとは思わずミラベルは驚きに目を見開いた。
(知らない間に私は見守られていたのね)
「ミラベルは援助がなくてもしっかりと自分で自分の生活を成り立たせた。その上で出てきたのがこの提案だ」
そう言ってアルバートはミラベルの計画書を応接机の上に広げる。最初に立てた計画書よりも具体的な内容を組み込んでいる新しい物だ。
「さらには寄付ではなく出資者を募ると言い出しただろう? であればルドヴィック卿に話を通すのがいいんじゃないかと思ったんだよ」
「不肖の弟に代わって何かできればと思っていたが……この計画書を見て自分がミラベルのことをまだまだわかっていなかったと痛感したよ。だから援助ではなく仕事相手として一緒に事業を進めていきたい、そう思った」
そこまで言ったルドヴィックの言葉を引き取るようにアルバートがさらに続ける。
「だが先に出資者が誰かわかってしまうと、ミラベルは自分の力ではなくルドヴィック卿からの施しだと思いかねないだろう?」
「たしかにそうね」
もし最初から出資者がルドヴィックだと知っていたら、自分の性格的にアルバートの懸念する通りのことを思ったに違いない。
「だから今日まで相手を知らせなかったのさ。騙し討ちのようになってしまったのは謝るよ」
「悪かった」そう言ったアルバートに対して文句などない。二人ともミラベルのことを思ってしてくれたことだと信じられたから。
「驚いたけれど、謝る必要なんてないわ」
そこまで言ってミラベルは自分の隣に座るアルバートと目を合わせた。ミラベルに知らせることなくここまで話を進めたということはそれだけの時間を費やしたということだ。
日々のアルバートの仕事量を知っている身としてはいったいどこからそれだけの時間を捻り出したのかと思う。休憩時間や睡眠時間など、ミラベルに気づかれることのない時間を充てていたに違いない。
「ありがとう」
心からそう言ってミラベルは微笑んだ。
それは離婚してから初めての笑顔だったのかもしれない。後から思い返してみて、ミラベルはそう思ったのだった。
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