第29話 キリアンの協力

「久しぶりね。元気だった?」


 つい最近同じようなセリフを言ったような、と思いながらミラベルは目の前の青年に笑顔で話しかけた。


「ああ、久しぶりだな。卒業以来だから何年振りだ?」

「五年くらいよ」


 アルバート商会の応接室でミラベルは懐かしい相手と会っていた。ネイビーブルーの髪にターコイズ色の瞳をした青年はミラベルにとって大事な友人の一人であるキリアン・ロウだ。


「王都からここまで遠いでしょう? 来てもらえて嬉しいわ」

「半分旅行のような気持ちで移動してきたからな。ちょうど良い息抜きになったさ」


 キリアンは昔から人の心の機微に聡く、相手に負担をかけないような会話をしてくれる。もちろん彼の言葉が嘘なわけではないがミラベルが気にしないようにという気遣いも含まれているのだろう。

 そしてあえてミラベルの離婚の話題に触れないのもその気遣い故なのだと思う。


「実は家族も一緒に来ているんだ。もし時間が合うようであれば紹介するよ」

「そうなの⁉︎ ぜひお会いしたいわ」


 キリアンは数年前に結婚してすでに子どもが一人いるらしい。今も変わらず誠実そうな彼ならば良い家庭を築いているのだろう。


「アルバートも久しぶりだな」


 ひとしきりミラベルとの再会を喜んだ後、キリアンはアルバートにも声をかけた。


「なんだ。俺のことも見えていたのか? ミラベルにばかり話しかけるから俺が見えていないのかと思ったぞ」


 応接ソファでミラベルの隣に腰掛けているアルバートがからかい混じりにそう言った。学園を卒業した後もつき合いのある二人はそんな軽口もいつものことなのかもしれない。


「さて。久しぶりの再会で話したいことはたくさんあるが時間は有限だ。一番大事な話を始めようか」


 切りの良いところでキリアンが話題を変えた。話題の変更とともに彼のまとう雰囲気も変わる。今までは誠実で優しそうな感じを醸し出していたが、どこかピリッとした厳しさがうかがえた。


「先に送ってくれた企画書には目を通したよ。個人的には意味のある挑戦だと思う。だが、貴族社会に受け入れてもらえるかというと難しいだろう」


 応接テーブルの上にはキリアンにも送った企画書が置かれている。ミラベルが立案し、さらに修正を加えたものだ。


「わかっているわ。特に男性は反対するでしょうね。彼らにとっては今のままの方が良いでしょうから」

「ああ、そうだ」

「それでも、私はこの企画を進めたいと思っているの。何よりも、離婚を経験した私自身が切実に必要だと思ったことでもあるもの」

「……」


 ミラベルの返答に厳しさを湛えていたキリアンの視線が緩む。


「ミラベルなら何を言っても諦めないだろうとは思っていたさ」


 そう言ってキリアンは持ってきた鞄から一枚の書類を出した。それはミラベルとの仕事に関する契約書だ。


「正式に仕事として請け負うのであればきちんと契約を結ぼう」

「……いいの? 私の方から依頼しておいてこんなことを言うのもおかしいけれど、断られるかもしれないとも思っていたのよ」

「なぜ?」

「キリアンの事務所は王都にあるでしょう? この仕事を受ければ長い間王都を離れることになるわ。責任感の強いあなただもの、事務所を留守にはできないと言うかと思って……」


 ミラベルはこの仕事を頼めるのはキリアンしかいないと思っていた。その気持ちは今も変わらない。そしてきっとキリアンならミラベルの考えを理解してくれるとも思った。しかし実際に仕事として請け負えるかといえば別問題だ。特に距離の問題は簡単には解決できないから。


「ミラベル、幸いにしてうちの事務所は精鋭揃いなんだ。確かに所長は私が務めているけれど、仮に抜けたとしても仕事は滞りなく回っていくだろう。それに……」


 一旦言葉を切ったキリアンをミラベルは見つめる。彼の視線は机の上の企画書へと向けられてから、その後ミラベルと目を合わせた。


「妻の友人にも不当な扱いを受けて苦しんでいるご夫人がいるんだ。力になろうにも私の手で救える人数など高が知れている。しかしこの企画が軌道に乗れば違ってくるだろう。妻もミラベルたちの力になれるのであれば全力で応援すると言ってくれたよ」


 そう言ってさらにキリアンは言葉を続けた。


「弁護士と言っても力になれる人数は少ない。それに依頼するにはどうしても依頼料を工面しなければならないだろう? ミラベルの企画にある方法でなら夫人が直接その費用を用意する必要がない。そこも含めて心配しなくても良いのであれば、この制度を利用したいと考えるご夫人は多いはずだ」


 キリアンの穏やかな声が彼の思いを伝えてくる。もしかするとキリアンも助けたいと思いながら助けられなかった人がいるのかもしれない。


「それに私の腕次第ではかなりの儲けになるんじゃないか?」


 しんみりとした雰囲気を変えるためか、キリアンにしては珍しくニヤリ、と笑った。

 その顔にミラベルは虚を突かれたが、次の瞬間緊張が緩むかのように安堵の思いが胸に広がった。


「キリアン、弁護士になって少し性格が悪くなったんじゃない?」

「そうか? まぁ、必ずしも誠実ではいられないことがあるってことは学んだかもしれないな」


 そう言いながらキリアンはミラベルの方へ契約書を向ける。


「話はまとまったってことだな」


 契約書を挟んで内容を確認する二人を見守りながらアルバートがそう言った。

 

 これでミラベルが商会の制度を利用して出した提案は始動することになったのだった。

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