第12話 ミラベルの反省

 ミラベルは自分自身のことをある程度はちゃんと自分でできると思っていた。しかしそれはあくまで貴族の令嬢、もしくは貴族の婦人としてならばということを思い知ることになる。


「まさかこんなに何もできないなんて……」


 長い一日を終えてベッドに入り、ミラベルは自分への反省でため息が止まらない。


 アルバートと別れた後女性用の寮に案内されたミラベルは寮を管理しているという担当者に部屋へと案内された。寮は一人暮らし用となっていて、小さくはあったが手洗い場もお手洗いもついており、さらには簡易的な浴槽も設置されている。

 これくらいのレベルの部屋を借りようと思うと平民では少し手が届かないだろう。そんな部屋を商会は低価格の寮費で従業員へ貸し出しているらしい。


 もちろん、伯爵令嬢として生まれてその後子爵夫人だったミラベルにとってはとても小さい部屋であり心許ない設備ではあった。それでも、誰に遠慮することも気兼ねする必要もない空間は思ったよりも快適だと感じた。


 食事とお風呂の問題に直面するまでは。


 部屋には簡単なキッチンがついていたがそれとは別に一階に食堂がある。従業員であれば自由に利用できるが、初めてその食堂を覗いた時にミラベルは今の自分では無理だと悟った。


 システムがわからないのである。

 今までの食事といえば家では当然のように用意されていたし、外ではレストランでサーブされた物を食べるかだった。


(あれはどうしているのかしら? 見る限りでは自分で直接シェフとやり取りして料理をトレーに乗せてもらっている? では清算はどうしているの?)


 さらには広い空間にたくさんのテーブルが並べられて多くの人が思い思いに座っている。友人と思しき数人連れが楽しそうに話しながら食事をしているかと思えば、一人で黙々と食べている人もいた。

 今まで接したことのない活気あふれる食堂にあてられ、ミラベルはすごすごと退散したのだ。


(一食くらい食べなくても問題はないし、明日どこかで食事を調達しましょう)


 そう思った。たしかに食事はそれでよかった。

 そして次に直面したのがお風呂問題である。


 今までミラベルの周りにはそれなりの数の使用人がいてお風呂の準備も彼女たちが行なっていた。


(お湯を用意するのがあんなに大変だなんて!)


 お湯は二つの方法で手に入れることができる。一つは部屋のキッチンで湯を沸かす方法。しかしこれは主にお茶などを入れる時の飲料用だ。ではお風呂のお湯はどうするのか。


 下から運んでくるのである。食堂と同じく一階にボイラー室があり、そこで大量のお湯が沸かされている。お風呂に入りたい人はそこから自分でお湯を運ぶのだ。


(どう考えても私には無理だったわ……)


 ミラベルは後になって知ることになるが、寮では別途料金を払えばお風呂の準備を頼むことができる。寮には女性も多く、多くの湯を運ぶのは困難なためそういった制度が設けられているのだ。


 結局お湯を運ぶことができなかったミラベルは、しっかりと絞ったタオルで体を拭くことしかできなかった。


(自分でできるだなんて、私は思い上がっていたのね)


 おそらくアルバートはやろうと思えばミラベルの手を煩わせることなくすべての手配をすることができただろう。食事を部屋に運ばせたりあらかじめお風呂を準備しておくことも。しかし彼はあえてしなかった。


(本当に働くつもりなのか、試しているのかもしれないわ)


 それは意地悪な気持ちからの行動ではなくて。


(心配してくれているのね)


 アルバートはこの寮での生活も、それこそ平民としての生活も問題なくこなせるのだろう。もしかすると彼もまた戸惑った経験があるのかもしれない。

 ミラベルを甘やかすことは簡単だけど、今後結婚することなく一人で生きていくのであれば現実を早めに知っておいた方がいい。

 もし今日の経験でミラベルが挫けるようであればアルバートは当初言っていたようにヒュラス家の援助を受けるように言うだろう。その上で貴族令嬢でもできるような簡単な仕事を紹介するのかもしれない。

 慰謝料と合わせればそれでも生活していけるはずなのだから。


 でもそれではミラベルの自立にはならないのだ。


(私は何としてでも自分の力で生きていきたいのよ)


 ミラベルはもう一度強くそう思った。


 そう、もう誰にも振り回されないために。

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