第2話 ミラベルと幼馴染

 ミラベル・リュミエはエスペランサ王国で伯爵の地位を賜るリュミエ家の令嬢だ。

 王国の内陸部に位置するリュミエ領は多くの平地を有し農業を主に担う。そんな領地は左側に鉱山を有するヒュラス領、そしてリュミエ領とヒュラス領に接する位置に畜産業を営むフルール領と隣り合っていた。


 奇しくも各領地には似た年頃の子どもが多く、また爵位も同じ伯爵家ということもあり彼らは幼き頃から家族ぐるみでのつき合いを続けている。


 ヒュラス領にはミラベルの三つ上に嫡男のルドヴィックと一つ上に次男のリカルドが、フルール領には一つ上にマリエッタがいた。

 三家は両親同士の仲も良く、一年毎に場所を変えながら毎年夏に一ヶ月ほど子どもたちを一緒に過ごさせてきた。

 特に農業を営むリュミエ家と畜産業を営むフルール家は親がなかなか休みを取ることが難しいこともあり、三家での集まりはそれぞれの親にとっても助かるものだった。


 そうやって四人は幼き頃から同じ時間を過ごし、時には夏以外にも集まっては親しくつき合ってきた。


 そんな無邪気な関係が変化したのはいつの頃だったのか。


 気づけばミラベルはリカルドのことを好きになり、リカルドとその兄であるルドヴィックはマリエッタのことを好きになった。


 きっかけはルドヴィックとマリエッタの間に婚約話が持ち上がったことだ。

 年齢も家格も合い、さらには事業での提携にも前向きな親同士が取り決めた婚約。

 両者もお互いのことを好ましく思ったいたこともあり、婚約はすんなりと決まった。


 リカルドの気持ちだけを取り残して。


(あれは私が十歳の時ね)


 自室に戻ったミラベルは幼い頃四人一緒に画家に描いてもらった肖像画を手に取りながら思う。ルドヴィックとマリエッタの婚約が整ったのが十歳の時だから肖像画に描かれているのはその一年前の四人だ。


 そもそもミラベルがリカルドに惹かれた理由は単純なものだった。

 一人っ子だったこともありミラベルは幼い頃から大人しい子どもだった。対してマリエッタは自分の気持ちに素直な活発な少女。

 ルドヴィックとリカルドは幼き頃から紳士たれと育てられてきたこともあり、相手の気持ちを優先できる少年たちだったから遊びはいつでも主張の強いマリエッタのやりたいことに決まってしまっていた。

 

 それが嫌だったわけではない。


 ミラベルも天真爛漫なマリエッタのことが好きだったし、長年の積み重ねなのかマリエッタの意見を押し除けてまで自分のやりたいことを主張する気もなかったからだ。


 でも時々。本当に時々嫌だと思うことがあった。例えば体調が優れなくて遊びについていけなかった時とか。

 そしてそのことにリカルドだけが気づいてくれたのだ。

 そういう時はマリエッタよりもミラベルを優先してくれたし、マリエッタに意見してくれることもあった。


 我ながら単純だと思う。

 それでも、ミラベルにとってリカルドはいつもそばにいてくれる王子様のような存在だった。そして憧れはやがて好意へと形を変えていく。


 貴族の常として子どもたちの間に婚約が結ばれることが増えていき、幼馴染であるリカルドとルドヴィック、そしてマリエッタ以外の友人から婚約の報告を聞くたびにミラベルは自分が婚約するならリカルドが良いと思った。


 とはいえミラベルは大人しい子どもだったこともあってそんなことを口に出せるはずもなく。親へ言い出せないことを当然リカルドにも伝えることはできなくて、自分の心の中でずっとその気持ちを温め続けていた。


 そんな中降って湧いたルドヴィックとマリエッタの婚約話。

 そのことを聞いたリカルドは荒れた。大っぴらに表には出さなかったけれど、リカルドのことをずっと見続けていたミラベルは気づいてしまった。


(愚かなことに、もしかするとリカルドも私のことを好きでいてくれるのではないかと思っていたのよね)


 ミラベルは肖像画の表面をそっと撫でながら過去に思いを馳せる。


 貴族の婚約は家と家の契約だ。

 もちろん両思いになって婚約に至るのが一番ではあるけれど必ずしもそうなるわけではない。

 そんな中ルドヴィックとマリエッタは想い合っていたこともあって周り中に祝福されての婚約となった。

 

「ヒュラス家とフルール家の間で婚約するのなら、僕とマリエッタでも良いでしょう!?」

 

 毎年恒例で遊びに行ったヒュラス家で、中庭を歩いていたミラベルの耳に飛び込んできたリカルドの言葉。

 それを聞いた瞬間の胸の痛みをまだ覚えている。


 リカルドは両親に訴えていたがもちろん婚約相手が代わることはなかった。

 ルドヴィックとマリエッタは想い合っていたし、あえて変更する必要もなかったからだ。


 それから四年間、貴族の子息息女の義務としてリカルドが王都の学園へ通うようになるまで、毎年の集まりはミラベルにとって苦痛を感じるものとなった。

 それはリカルドも同じだったのかもしれない。

 リカルドとマリエッタは同じ年だ。二つ年上のルドヴィックはマリエッタが入学するまで毎年帰省していたから、リカルドは夏のたびに二人の仲睦まじい姿を見なければならなかった。

 マリエッタへの恋心にリカルドは苦しみ、そんなリカルドを見てはミラベルも苦しむ。

 子ども時代最後の数年間はそうやって過ぎていった。


 このままではダメだ。そう思ったミラベルは自身の学園への入学を機に幼馴染から離れることを決意した。

 入学する前の年はリカルドだけでなくマリエッタもルドヴィックも帰省しなかったから、ミラベルが自分の気持ちを整理する時間が十分にあったことも影響したのだろう。


 入学した当初はミラベルのことを気にかけていたリカルドも、こちらからさりげなく距離を置くようになってからは年頃の男女に相応しい距離感になっていった。

 

 今までが近過ぎたのだ。

 兄妹かそれ以上か。まるで家族のように近しい関係だったからおかしかっただけで、いくら隣同士の領地で小さな頃からの友人だとしても、ほどよく距離を取るのは当たり前なのだから。


 そうやって学園在学中を過ごしたミラベルは、これで三人に対して共に過去を懐かしめるくらいの気持ちになれたと思った。


 それが間違いだったと知るのにそう時間はかからなかったけれど。

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