六話 『四章 山賊討伐』
ついに、フレスト2の主人公ブライトと、その騎士団による山賊討伐が始まった。
そして、ここからが生存戦略の山場となる。
ここで山賊Cである俺がこの世界で生き残られるかが決まるのだから、慎重にならねばならない。
なあに、いずれ来たるこの状況に備えて、ずっとシミュレーションしてきたからな。対策は完璧だ。
大前提として、ゲッツ山賊団は、1〜2割の中核メンバーと、それ以外の「その他」に分かれている。
中核メンバーはゲッツや山賊団の古参達、そしてシェラのような戦力として期待されている者達。
対して、食うに困って山賊団入りした、頭数としか見られていないのが「その他」メンバー。もちろん俺もこっち側だ。
この戦に対して、その他メンバーのモチベーションは低い。そりゃそうだ。食うに困ってゲッツの下に着いたのに、戦いで死にたくなんてない。
フレスト2のストーリー通りに進めば、ゲッツは負け、山賊団は壊滅する。それは確定事項だ。
そして、勝ち馬に乗りに来ていたその他メンバーにとって、負けたゲッツ山賊団に価値はない。あっという間に散り散りになるだろう。
そのタイミングで、逃げる他のメンバーに紛れて、俺も一目散に逃げ出す。敵に背を向け、脇目も振らずに敵前逃亡だ。プライドなど犬に食わせておけ。命より価値のあるものはない。
ゲッツが死ぬまで、この戦闘で耐え抜く。そしてゲッツが死んで山賊団が解散したら、泥に塗れようと逃げ延びる。それが俺が生き延びる唯一の方法だ。
「……まあ、なんとかなるだろう。無事にシェラとも距離を取れたしな」
彼女の身も多少心配ではあるが……ま、総合力ではゲッツより強いし、大丈夫だろう。
「敵が来たぞー!」
前列に配置されていた山賊の叫び声。目の前の事態に集中するべく、意識を切り替える。
「なんだあの動き、速すぎ……ぐわぁ!」
「ひ、怯むなー! 数で押せー!」
「ムリに決まってんだろ! なんだよあれ!」
あっさり前線崩壊した!? うっそだろお前ら!? いくらこっちが寄せ集めとはいえ、そんなあっさり抜かれるんか!?
ええい、ガラじゃないが仕方ない!
「落ち着け! 敵の数は!? なにをしてくる!?」
俺が声を張り上げると、前線から逃げてきたらしき男が答えた。
「一人だよ! 甲冑着て馬に乗ってる!」
「馬……ってことは騎兵か!?」
やばい。フレスト2の初期メンバーに騎兵は二人いるが、そのうち片方は……。
そのとき、人垣の向こうから、『それ』は見えた。
山賊達を薙ぎ倒していく、赤い鎧を纏った騎兵。その男の名を、俺は知っている。
フリード。フレスト2の主人公、ブライトの幼なじみ兼従者。
そして……この章において、シェラを『説得』で引き入れる役割を持っているキャラだ。
俺からすれば、この戦場で一番会いたくない相手が、よりによって一番最初にやってきた。騎兵だから機動力がある、とかいろいろ理由は考えられそうではあるが……。
「ひええ!」
「た、助け……!」
フリードの近くにいた山賊達が、槍の一振りで複数人薙ぎ払われる。戦闘能力の差が一目瞭然だ。これがネームドキャラとモブの差かよ……!
薙ぎ払われた山賊の一人に向かって、フリードが槍を振りかざした。刺さったら確実に死ぬぞアレは!
「っ! プロテクション!」
狙われた山賊に、咄嗟にプロテクションをかける。槍の穂先を眉間に受けて山賊は突き飛ばされたが、見た感じプロテクションとかぶっていたヘルムのおかげで貫通まではしていないようだ。
「くそっ、思わず助けてしまった……!」
生存戦略のためにも、なるべく目立たず生き残りたかったのに……!
あ。フリードと目が合った。
……こっちに近づいてくる! ほら目立つマネするから! そうだよな戦略的には魔術師最初に潰すべきよなぁ! 狙われる側としてはたまったものじゃないが!
「ひ、ひいいい!」
「逃げろー!」
周囲の山賊達が我先にと逃げていく。正直、最初から期待していない。一人でなんとかするしかない!
「プロテクション×3!」
自分の眼前の空間、杖、そして身体にプロテクションをかける。シェラの全力の蹴りにも耐えた、三枚重ねの布陣で、フリードの槍を受ける。
馬の突進の威力も乗った突きは、一枚目のプロテクションを容易く貫き、衝撃で二枚目、三枚目を砕いて、俺の身体を吹き飛ばした。
「ぐあっ、ごほっ……!」
跳ね飛ばされ、背中から地面に落ちる。肺の空気が全て吐き出され、思わずむせる。
痛みと息苦しさに苛まれる。だが、倒れている場合じゃない。もたもたしてたらフリードの追撃が来る……!
痛みを堪えて身体を起こすと、フリードはちょうど、馬の向きを変えてこちらに再度突撃しようとしているところだった。
「プロテクション×3!」
先ほどと同じ、前方と杖、そして身体にかけ直す。そして再び、繰り出された突きを杖で受ける。
「くっ……!」
三枚重ねのプロテクションは容易く砕かれるが、今度は受け身を取ることができた。
プロテクションは単純な壁としてだけでなく、砕かれることで衝撃を分散する効果もある。痛みはあるが、すぐに立ち上がることができた。
だが、こちらから反撃の手立てはない。分かってはいたがジリ貧だ。これでいつまで耐えられる……?
「ハァッ!」
「っ……! プロテクション!」
考える間もなく、フリードが突っ込んでくる。再度三枚のプロテクション……!
だが、フリードは予想外の行動に出た。
手綱で合図を出したかと思うと、馬が俺の目の前で百八十度向きを変え、後ろ足で思い切り蹴り上げてきた。
馬は体重も筋力も人間より上だ。鎧を着た人間を背負って走れるのだから。
そんな馬の全力の蹴りは、当然人間の攻撃よりも重い。
「ぐあ……!」
三枚のプロテクションでも衝撃を受け止めきれず、俺の身体はまたも宙を舞った。地面に墜落し、数度転がってようやく停止する。
「くっそ……」
転がった拍子に包帯が緩んだのか、ずり落ちてきて視界を塞いだ。邪魔だ。引っ掴んで放り捨てる。
全身に痛みを感じながらも、杖を支えになんとか立ちあがろうとする。だが、身体が言うことを聞かない。こうしている間にも、フリードは近づいてきているというのに。
ついに間近まで迫ったフリードが、槍を振り上げた。立ち上がって槍を躱すのも、プロテクションで防ぐのも間に合わない。
(結局、足掻いたところでこんなものか……)
シェラに殺されるルートを回避できても、こうして別の死因がやってきた。結局、山賊Cはどうあがいてもここで死ぬ運命だったのだろう。
ああ、どうせ死ぬなら、もうちょっとシェラと一緒に過ごしたかったな――
「――ルーティ!」
自分の耳を疑った。
なぜなら、その声は紛れもなく……。
「どけっ!」
「くっ……!?」
横合いから飛び込んできた人影が、地を這うように低い位置から刃を振るった。
狙いはフリードではなく、騎馬の喉笛。フリードは咄嗟に手綱を引いて刃を躱させるが、姿勢を整えるために距離を取らざるを得なくなる。
そして、俺とフリードの間に、飛び込んできた人影が割り込んだ。俺より高い背丈。腰まで届く黒髪。両手に構えた短剣。背後からでは顔が見えずとも、見間違えるはずもない。
「……シェラ。なんでここに? 南西側に行ったんじゃ……」
「戦線はどこもとっくに崩壊した。ゲッツに命かける義理もないし、とりあえずおまえと合流しようと思って逃げてきたら、おまえがやられそうになってたから」
「……それはどうも」
先に全身にキュアをかけてから、よろよろと立ち上がる。
とりあえず、目の前の死は回避できたらしいが、今度は別の問題がやってきてしまった。
だって、シェラとフリードが揃ったってことは……。
「待ってくれ! 君は今、ゲッツに命をかける義理はないと言ったのか!?」
ほらやっぱり。フリードが声をかけてきた。
ここから始まるのは当然、フレスト2でも見た説得イベントだ。
「? ああ。あたしはもともと流れ者だ。山賊団に入ったのもつい最近だし」
「なら、武器を捨てて投降してくれ。たとえ山賊団にいた人間だとしても、できれば殺したくない」
記憶にある会話の通りだ。このあと、シェラが「悪いけど、腕っぷし以外で食っていく生き方を知らないんだ」と言って、一度断るが、フリードが「ブライトの近衛騎士団扱いする」と返し、ブライト騎士団……つまり主人公チームに加入するという話の流れになるはずだ。
この場合、誘われなかった俺はどうなるのだろうか。やっぱりシェラかフリードのどちらかに殺されるのか? 今から走って逃げられないかな……。
「うーん……」
おや? なぜかシェラの歯切れが悪い。
シェラはフリードを警戒したまま、ちらとこちらの様子を窺った。
もしかして……俺を気にかけてくれているのか?
これは嬉しい誤算だ。実際、ここ数日でシェラとも多少仲良くなれた自負はあるし、情に訴えかけて頼み込めば、フリードの誘いを断ってくれるかもしれない。
ブライトの仲間になるという、本来のシナリオを捨てて。
山賊Cでしかない俺を助けてくれと頼み込めば……。
「どうしたシェラ? せっかくのお誘いだ。行くといいよ」
シェラに向かって、そんな格好悪い真似ができるか。
「……あたしが向こうに着いたら、おまえはどうするんだ?」
「悪いけど、一緒に行くことはできないよ。俺と君とでは実力に差がありすぎる」
ちらとフリードを見る。先ほどまでは容赦なく攻撃してきたが、今は事を構えようという気配はない。これならたしかに、シェラと一緒に拾ってもらうこともできるかもしれない。
だが、先ほどのフリードとの戦闘でもはっきりしたが、モブキャラの俺では、主人公であるブライトたちの仲間になるには弱すぎる。
彼らはこの先、世界を救う戦いに身を投じていく。情けない話だが、俺ではそれについていくことができない。
「君一人だけでも行くといい。君の腕なら、どこでもやっていけるだろうさ」
「…………」
シェラはフリードを見て、俺を見て、再びフリードを見る。
そして、口を開いた。
「悪いけど、腕っぷし以外で食っていく生き方を知らないんだ」
記憶通りのセリフだ。
これで、今度こそ本当に、シェラとはお別れだな……。
「――だから、そっちには行けない。あたしが見てないと、こいつが早死にしそうだしな」
そう言って、シェラは俺の方を見た。……あれ? なんか予想していた流れと違う?
困惑しつつフリードを見ると、彼は肩をすくめた。
「そうか。それは残念だ。……君達とは、もっと違う形で出会いたかったよ」
勧誘失敗したくせになぜか満足げなフリード。いやほんとになぜ?
「私は本隊と合流して、ゲッツの討伐に向かう。次に会ったときは、今度こそ容赦しないから、気をつけるように」
そう言って馬を翻し、フリードは去っていった。
……見逃してくれた、のか?
隣を見る。俺の視線に気づいて、シェラもこちらを見た。なぜ彼女がここに残っているのか、理解が追いつかない。
「本当にいいのか? どう考えてもこっちは泥舟だぞ? 今からでも追いかけたほうがいいんじゃないか?」
「まるで、あたしにそばにいてほしくないみたいな言い方だな」
「い、いやそんなことはないが。今後もそばにいてくれると大いに助かるが」
シェラが俺の元に残るルートは想定していなかったから、どうしていいか分からないのである。
困惑している俺に、シェラが呆れ顔で問いかける。
「ルーティ」
「あっはい」
「ずっと聞きそびれてたけど、おまえはなんであたしを庇ったんだ? ほら、その額の傷のとき」
「え? それは……」
この傷の原因となった事件。俺がフレスト2の記憶を得るきっかけとなった、シェラを庇って酒瓶で殴られた事件。
あのときはまだ、今のようにフレスト2の知識とか、シェラのこととかに詳しい状態ではなかったが……それでも、なぜそんなことしたのかはわかる。
「……理由なんてないよ。考えるより先に、身体が動いたのだからしかたないだろう」
「じゃ、あたしもそれと一緒だ」
シェラが、にししと笑う。
「考えるより先にそうしちゃったんだから、しょうがないだろ、ルーティ」
「…………」
言いたいこと、聞きたいこと、その他諸々、言葉にするべきことは山ほどある。
だが、そんな笑顔を見せられて、俺は何も言えなくなってしまった。
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