第12話 オン・ザ・ステージ

 ついにあきらたちの番が回ってきた。

 正面の後ろにドラムの三浦がドラムセットに座り、向かって右側にギターの野々山ひろし、真ん中にボーカルの尾崎がマイクスタンドを持って立ち、その左側に手塚あきらがベースを持って位置についた。

 ステージに上がる前にあきらは急に緊張しはじめ、鼓動が早鐘のように早くなっているのが自分でもわかるくらいになっていた。しかしいざステージに上ったときには、なぜかその緊張はすっかり消えてしまっていたのだった。

 ステージの上で少しの間アンプをつないだり音を合わせたりしたあと、ボーカルの尾崎が低い声で今日演る曲を紹介し、ドラムの三浦がスティックでカウントを打った。

 一瞬間暗くなったあと、照明がまぶしくきらめき、ステージの上をまるで這い回るように激しく移ろっていく。

 彼らは3曲演奏をした。どれも大体はよく似た曲調で、それほどハードな曲ではなかったけれど、それらは紛れもなくロックだった―――少なくとも彼らはそう信じていた。特に他のバンドとの明らかな違いは、他のグループはギターやドラムの音が大きすぎてボーカルが何を歌っているのかよく聞き取れないのに比べ、それとは逆に彼らのバンドはギターなどの楽器のパートはほどほどであるにもかかわらず、ボーカルの声が異常に大きくて言葉が明瞭な点だった。

 あきらは3曲の間、照明にめまいを覚えながらも懸命にベースでリズムを刻んだ。

 客席を見る余裕などまるでありはしなかった。弦を押さえる左手だけに意識を集中した。しかしそんな中でも、誇らしげな気持ちというか、満足感というか、そのような感情に我しれず酔いしれていたのだった。

 3曲の演奏がなんとか終わり、その瞬間あきらははじめて客席に篠原みゆきの顔をみとめることができた。彼女は両手を頭の上に上げ、こっちに向かって笑顔で大きく手をたたいていた。そして声こそ聞こえなかったけれど、その口元はあきらに向かって「よかったよ」と告げていた。


 あきらたちはすべてを出し切った想いで満足しながら、そして興奮しながらステージを引き上げていったのだった。


 あきらたちの演奏が終わったあたりから、客席も徐々に盛り上がりを見せはじめていた。彼らは再び照明のブースに戻った。緊張が解けたのか、またステージの興奮も手伝って、他のバンドにライトをあてながらみんなどこかしら饒舌になっていた。


 「ひろし、あの子との話はどうなったんや?」


 あきらはステージに目をむけたまま訊いてみた。


 「え、なんて?」


 ひろしは照れなのか本当に聞こえなかったのか、そう聞き返した。


 「そやからさっきの女の子との話はどうなったんやって?」


 「ああ、あれなぁ・・・」


 気がつけば他のメンバーも身を乗り出して聞いている。


 「おれやなくて、一緒に来てる友だち、その子に誘われて来ただけやって言うとったわ」


 「そやけどお前が出るライブやっていうのは知っとったんやろ?」


 ボーカルの尾崎が言った。


 「まあ、なあ」


 「ほんなら、もしかしたらまだ脈はあるかもしれへんぞ?」


 「そんなわけないやろ」


 彼は否定した。しかしその小鼻は膨らんで妙ににやけた表情になった。


 「いや、ほんまやわ」


 あきらも相づちをうった。


 「そうや、今行かなあかんて、ひろし。ちょうどおれらの演奏聴いたばっかりやし、今がチャンスやん。これから行って今日一緒に帰る約束でもしてこいよ!」


 「そやけど今日はみんなで打ち上げするんやろ?」


 「そんなんどうでもええねん。打ち上げはおれらだけでやっといたる。ほんでまた今度お前入れてやったらええねん」


 尾崎に背中を押され、ひろしは困り顔をしながらブースを出ていった。

 

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