第7話 ライブ1週間前②
番号を押し終えると、呼び出し音が鳴りはじめた。
「ほら、かかったぞ」
と、電話をひろしの方に差し出した。しかしひろしは、
「とりあえずあきら、出てくれ。それから代わって」
と言ってなかなか電話を受け取ろうとしない。
「そんなこと言うてもおれ相手の名前知らんし」
そうこうしている間にも呼び出し音は鳴り続け、そしてやがて誰かが出たような声が聞こえた。あきらとひろしの間に、宙に浮いているようになっている電話から、男性の声がくぐもって聞こえている。「はよ出な!」あきらは声にならない声でひろしに促したが、もうどうにも間がもたなくなったので、しかたなくあきらは電話に出た。
「もしもし・・・」
「もしもし、橋本漬物店ですが・・・」
電話に出たのは彼女の父親のようだ。商売人らしい威勢のいい声だ。
「あ、あの、ちょっと待ってくださいね」
あきらはそう言ってひろしの胸に電話を押し付けた。ひろしも観念したように電話を手に取ると、少しの間上を向いて何かぶつぶつと唱えていたが、
「あもしもし、私野々山と申しますが・・・」とこれまで聞いたことのないような丁寧な口調で話しだした。「私野々山と申しますが、聡子さんはご在宅でしょうか?」
あきらはふうとため息をついてベンチの背もたれにもたれかかった。それから立ち上がってベンチを離れて歩き出した。ひろしは不安げな目をあきらに向けながら、何やら電話口で話している。あきらは、彼のその瞳を見、どうにかひろしの想いがかなえられたらな、と思った。
公園では、小学校の低学年くらいの女の子がふたり、ブランコで遊んでいる。公園の中央あたりには大きなクスノキがあり、その青々とした常緑の葉は風に柔らかく揺れている。空は再び秋が戻ってきたかのように高く青かった。トンビが1羽、自由に優雅にその空を舞っている。
しばらくして、ひろしがズボンのポケットに両手を突っ込みながらあきらのところにやってきた。
「これからた彼女とここで会うことになったわ」
と言った。
「え、ほんまかいな」
「ああ、そやけどまだ何の用事かは言ってへんねん。ただ、ちょっと話があるから来てくれへんかって」
彼の顔にはまだ不安の色が残っていたが、それでもひとつハードルを乗り越えたという安堵の色ものぞいていた。
彼女はあと15分程で来るらしい。彼はとりあえず今日は、ライブに誘うだけにして、告白はそれからにしようと思う、と言った。
やがて彼女が自転車でやってきた。髪の長い、背のスラッとした女の子だった。
ひろしは彼女の方に歩いていき、あきらはベンチに座って彼らを眺めていた。
彼女は自転車を降りて、ひろしの方を黙って見つめている。ひろしは落ち着かなげに足の踵でアスファルトを蹴りながら何かを言っていた。
しばらくして彼女は、どうしようか困っているような真剣な表情を見せた。ひろしはうつむいて、足のつま先にもう片方の足のかかとをぶつけていた。とてもではないが、話が弾んでいるようには見えなかった。
おそらく彼は、ライブに誘うだけではなく、彼女に今告白をしたのだろうとあきらは思った。彼らが話している間、あきらは自分だったら篠原みゆきにどう話すんだろうかと考えていた。そしてその時、ラジオの女の子のこともふと頭に浮かんだけれど、それは泡のように浮かんできてはすぐに消えていったのだった。
あきらは自分の中で何かがゆっくりと変化していくのを我知らず感じていたのだった。
ひろしと彼女との間に風が吹いたあと、彼女は自転車に乗って再び来た道を引き返していった。
その夜、あきらは日本史の勉強をしながらいつものようにラジオを聞いていた。
野々山ひろしは、やっぱり彼女に告白をし、そして断られたそうだった。そのあと彼は、さばさばした表情で、「ああ、ライブに誘うだけにしとったらなあ・・・」とつとめて笑顔で言っていたが、それがまた痛ましかった。
あきらはラジオを聞きながら、いつもと同じように彼女―――さらんぼさんの投稿が読まれるのを待っていたのだけれど、それは何か、普段とはどこか違った感覚で聞いているのを、胸の奥の方でかすかに感じていた。
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