第1話
静かな昼下がり。Ekīsiaのテント裏は、どこか張り詰めた空気が流れていた。
エレーヌの不在が色濃く残る空気の中、誰もがそれを言葉にすることを避けていた。
そんな中――。
「こんにちはー! ここが、例の有名な楽しいサーカスで合ってるかな?」
ぱんっ、と両手を叩いて現れたのは、見たことのない男。
滑稽なまでに鮮やかな服装と、ねじれた笑み。
道化のような風貌のその男は、初対面の空気をまるで気にする素振りもなく、ぴょこぴょこと軽やかにステップを踏みながら近づいてくる。
「え、誰……?」
「見ない顔……団員志望って、今そんな――」
誰かが言いかけたところで、男は胸に手を当てて深々と頭を下げた。
「志望者でぇす!ぜひ道化師になりたくて!一目見て、ああここだって思っちゃって!まさに運命ってやつだよねぇ?」
その場の団員たちは沈黙する。
喪服のような黒の衣装に身を包んだアベルが率いる今のEkīsiaに、見学や入団希望がふらりと来る時期ではない。
しかも、このふざけた風体の男が、空気を読めるようには到底思えない。
「……今は、そういうの、受け付けてないんだ。」
苦い顔でそう告げた団員に、男は一瞬だけ眉をひそめた――ように見えたが、すぐにぱっと笑顔に戻った。
「そっかぁ、そういうのあるよねー。ほら、団の“空気”とかさ?でもさ、そういう時こそ!新しい風って、案外いいものなんじゃないかな?」
「……は?」
「ダメならさあ、偉い人に聞いてみたら?だんちょーさん?アベルさん?直接話してみたいんだよねぇ、彼の舞台、すっごく好きなんだ。」
まるで軽い観劇の感想のように口にされたその言葉に、誰かが息を呑む。
今、その名前を――軽々しく出されるのは、正直つらい。
だが、それでも。
不思議なことに、男の言葉には「断ってはいけない」ような、そんな雰囲気があった。
空気を壊す存在のくせに、その中心に吸い寄せられてしまうような。
笑っているはずなのに、どこか何かを見透かされているような。
「……わかった、案内する。変なことはしないでくれよ?」
「もちろんもちろん!」
男は無邪気に笑った。
その笑みの奥に潜む“本当”を、まだ誰も知らない。
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