推しがワガママ彼女な件
鉄道王
前編
『さあ、今週もはじまりました。ミュージックライブのお時間です!』
金曜の夜。リビングのテレビでは歌番組が映し出されていた。眼鏡をかけた司会の芸人がオープニングトークをする中。画面の前で、はしゃいでいるのが一人……
「キタ―――――――!」
「うるせーなあ……」
大騒ぎする声にため息を吐きながら画面に視線を向ける。
俺、
『みなさん、こんばんは! サジテリアスでーす!』
『はい、サジテリアスのみなさんでーす!』
画面に映る5人組の少女たち。メンバーごとに色分けされたワンピースを身に纏い。キラキラしたオーラ振りまく。ウチの弟もすっかり虜になってしまった超人気アイドルだ。
「兄ちゃん始まったよ! 凛花ちゃんやっぱ可愛いな~!」
デレデレ顔でテレビを指さす小6の弟……。この年にして立派なドルオタになってしまった。
「うん可愛いよな……マジで」
結成4年目、飛ぶ鳥を落とす勢いで大ブレイク中のアイドルユニット『サジテリアス』
それをセンターとして引っ張るのが緑担当のメンバー
ぱっちりとした二重瞼と、芸術のようにきれいな小顔。168センチの身長に、衣装を押し上げる大きな胸。まさに芸能人になるために生まれたような存在……。
「兄ちゃんも凄いよな~デビューライブからファンやってたんだもん! 先見の明ってやつ?」
「直感だな。歌唱力とか少し足りなかったけど、絶対天下取れるってデビューライブ見て思ったんだ」
「デビューライブって15人しかいなかったんだろ? 羨ましいなあ」
4年前……近くのモールであったサジテリアスのデビューライブは俺を入れて15人しかこなかった。俺は前日にネットで知って暇つぶしで行ったに過ぎなかったんだけど、凛花の輝くようなオーラに圧倒された。電流が走ったような一目惚れだった。
それからライブは必ず参加して、シングルを何枚も買い、グッズも全種類揃えてきた。疲れた時や嫌なことがあった時も、凛花に会えるって思ったら乗り越えられた。
「恭くん、いつも来てくれてありがとね!」
握手会に参加すればそう言って貰える。だから頑張れた。そして去年。悲願の大ブレイク! 今やアイドルに興味がなかったウチの弟まで大ファンになるぐらいだ。中でもセンターの凛花は頭一つ抜けている。街の広告や、雑誌の表紙、CMなどいろんなメディアに起用されサジテリアスの顔にふさわしい活躍ぶりだ。
テレビでは新曲を歌うサジテリアス。俺はスマホで実況スレを覗き込んだ。
【ひなりんめっちゃ乳揺れしてるwwww】
【ヤバいエロ杉】
【あれだけ可愛くて性格もよくておっぱい大きいとか反則だろ】
【マジでこないだのライブでもすっげえ乳揺れしてた】
欲望にまみれたレスが並ぶ。こいつら中学生か! 確かにおっぱい大きいけどさ……そこはまるでトイレの落書き状態だ。まあ俺も前は似たようなことしてたから人のこと言えないか……
【ひなりん。プライベート謎だよな……家族のことあんまり話さないし……】
【確かに……そこら辺の話題避けてるよな。イメージ戦略か? それともなんか裏事情とか?】
凛花はプライベートをあまり語らない。だからネット上でも知りたがるヤツは結構いる。彼氏は? 通っている高校はどこだ? とか両親や兄弟についてとか。そういう考察サイトはわりとネットにある。みんな知りたがってるみたいだけど結局最後に書かれるのは、何もわかりませんでした。の一言。
だからこそ詮索したがるファンも多いのだろうが、本人は決して余計なことを何も言わず、ボロを出さないのだ。
『ありがとうございましたーサジテリアスの皆さんでした。どうぞこちらへ』
出番が終って、司会者とのトークへ。弟がなにか思い出したようにこっちを向いた。
「なあ、兄ちゃん……あれだけ熱心に入れ込んでたのに、最近写真集とかグッズ買ってこなくなったよな! なんか心変わりでもあったの? 来週は凛花ちゃんの誕生祭だよ?」
「う、う―ん。まあそんなとこかな……でもファン辞めたわけじゃないぞ」
「ふーん……それにしちゃ前みたいに騒がなくなったじゃん。俺の方がハマってるんじゃない?」
「そうだな……お前完全なドルオタになっちゃったな……」
「だってさ、こんな可愛くてファンサ完璧なアイドル他にいる? 絶対ファンになるって」
拳を握りしめながら熱弁する我が弟。4年前、俺がサジテリアスにドハマりした時は小馬鹿にしてきたのにな……
明るくてトークも上手い。そんな凛花は10代の憧れの的だ。俺もそんな彼女を追いかけるファンの一人だった……去年までは……。ホント人って、いくらでも猫を被れるんだな……。
◇◇◇◇◇
「おーそーい」
「ごめん……」
土曜の昼……俺は東京の景色をバックに土下座していた……そんな俺の前に立つ一人の少女……顔を上げるとむくれた様に口をへの字に曲げている。
「わ、悪かったよ、遅れたのはさ……そんな怒んないでよ……こないだの生配信2万円もスパチャしたんだからさ」
彼女はふーっとため息をついて目の前にあるソファに座る……壁には自分が出演しているドラマのポスター。主演 日南田凛花と書かれ、中央にデカデカと映っていた。
ポスターの凛々しい表情とは打って変わって子供のようにむくれて足を組んでいる茶髪ロングの少女……そう、彼女こそサジテリアスのセンター日南田凛花その人。俺の恋人だ……写真集とか買わなくなったのは、実物の本人としょっちゅう会ってるからだ。
「それは、嬉しかったけどさ……言ったよね!この前。1分たりとも遅刻はしないって……!私がオフの日は私に全てを捧げるって」
「は……はい」
表情から機嫌が悪いのが見て取れる……めっちゃイライラしてるのが手に取るように分かった。
「恭くん……罰として今からアイス買ってきて……階段で」
いきなりぶっ飛んだことを言い出した。ここ20階だよ!マジで言ってんの? 8月だぞ!
「いや凛ちゃん……階段でって……それは……夏だし、死んじゃうって……冗談だよね?」
「へえ……嫌なの。私知ってるんだよ。恭くんが私やウチの桜のビキニ写真をオカズにしてるの♡」
「な……なぜそれをっ」
悪寒が走る。ゾクゾクと寒気が体を一瞬で走り抜けた。
「恭くんの裏アカ知ってるんだ~エロ星座くんだっけ? いっぱいイヤらしいこと書いてたよね~」
「あ……あ、あっいやそれは……」
凛花に教えた覚えがない裏アカ……なぜかバレてる! サジテリアスのファン同士で猥談をしまくってたアカウントだ。ヤバい。だってしょうがないだろ桜のおっぱいエロいんだから!
「私という彼女がありながら、桜のおっぱいにも興奮してたんだ~」
「……」
「行くよね♡ いいのかな~? もし断るなら……恭くんを開示請求して晒してあげるから! ライブ出禁になるかもね」
「それだけはやめて―――――」
「じゃあ今すぐ買ってきて!」
「御意!」
満面の笑顔で恐ろしいことを言う凛花。俺に拒否権はなく、急いで20階を駆け下りたのだった……冷静になってみると別に誹謗中傷してないし、開示請求やっても意味なくねって気が付いたんだけど……。
◇◇◇◇◇
俺はいわゆるガチ恋勢ってヤツだ。デビューライブに来ていた同世代のファンは俺一人だけだったから、凛花にはすぐに覚えてもらえた。
ファンレターにも必ず返事を書いてくれて、握手会では恭くんと呼んでくれるまでに。でもあくまでアイドルとファン。どれだけ好きでも付き合えるわけがないって思ってた……。
でも今年……俺の誕生日の翌日。電車でマスク姿の凛花を偶然見かけたあの日……。ファンとしてダメだとわかっていながら声を掛けてしまった。
「恭くんじゃん!気づいてくれたの?」
彼女は嫌がるそぶりも見せず、「昨日誕生日だったよね?」と俺をカフェに誘ってくれた。凛花は、俺にデビューライブに同世代がいて嬉しかったことや、ずっと応援してくれたことへの感謝を語ってくれた。
「あの時さ、恭くん握手会で感動したって言ってくれたよね!私、あれでアイドルやっていく自信が付いたの!」
推しと二人だけでお喋り――夢のような時間だった。これで終わりたくない――――最後に思い切って連絡先の交換を頼んだ……ホントにダメもとだった。
「うん―――いいよ。恭くんは私にとって特別だからね!ファン第1号だもん」
まさかの快諾。今までの人生で最高の気分だったし、これに勝る喜びはないんじゃないかとすら思った。それぐらい嬉しかった………彼女の凄まじい束縛系の本性を知るのに時間はかからなかったけど……
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