辺境伯の次男は断れない

犬はコタツで丸くなる

第1話 辺境伯の次男に縁談が

 俺、ウィスプ=フォン=ガードランドはガードランド辺境伯の次男坊の22歳だ。家族仲は良好で得意な魔術も好き放題使えるこの辺境伯領が気に入っている。

 頭の良い兄は既に結婚して子供もおり、現在では父の補佐役として辺境伯領を実質的に差配していると言っても過言ではない。父はそんな兄を目を細めながら見守っており、代替わりも時間の問題だろう。


 そんな辺境伯領なのだが、当然と言えば当然の問題がある。それは立地だ。王都から馬車で1か月以上かかる辺境の地で、魔物との最前線なんだ。そこで俺は自慢の魔法で腕を振るっていると言うわけだ。対魔物は俺、辺境伯領の統治と支援は兄。俺は魔法バカなので、異論はないしむしろありがたいと思っている。


 そんな状況だったのだが、父から急使がやってきて『至急、ガードランドに帰還せよ』と書かれた手紙を渡された。今までこんなことは無かっただけに、緊急事態でも起こったのかと思いながら、辺境伯領の主都であるガードランドに向け馬を走らせた。



「おお!ウィスプさま!お早い帰還で!辺境伯さまもお客さまもお待ちです!」


 ガードランドに戻ると、城門のところで執事のムーアが待っていた。

 それにしても客?危機ではないのか?いや、何らかの政争に巻き込まれた可能性も捨てきれない。


 ムーアは客について何も語らず、ただ俺に早く屋敷に戻るよう促すだけだ。屋敷に戻ると俺は軍服から来客用の礼服に着替える。前に着たのは2年前の成人の儀の時なので少しきつくなっている。


「また今度作り直しましょう。それにしてもよく鍛えられましたな」


「最前線は身体も大事だからな。そりゃ自然と筋肉も付く」


 産まれたときからガードランド家で執事をしているムーアにとって俺は孫みたいなもんだろう。ムーアは優しくて暖かい目をして目じりを下げた。


「では、さっそく向かいましょう。お相手は3日前からお待ちになられています」


「は?そんなに待ってるのか?普通、事前に通告があるものだろう?」


「いえ、今回はありませんでした。これ以上はご本人と辺境伯さまにお尋ねください」


 来客室の前に着くと、ムーアは頭を下げ去っていった。考えても仕方ない、ムーアにも喋られない事情でもあったんだろう。


「ウィスプただいま帰還しました」


「入れ」


 俺が部屋をノックすると父は入室を促した。

 部屋に入るとそこには壮年と言って差し支えのない年頃の男性がいた。俺は辺境伯領に籠っているから会ったことはないが、服に付けられた勲章の数々からきっと偉い人なんだろう。


「ウィスプくんだね。初めまして、デイライト=フォン=ミシュラントだ。急な呼び出しになってしまったが前線は大丈夫かね?」


「はい、ちょうど前線で大規模な間引きを行った後でしたので魔物の動きは少なく鈍いです。今は部下に任せておりますが、その者も歴戦の猛者ですので安心できるかと」


「良かった、ウィスプくんや前線に無理をさせなかったか心配だったんだ」


「デイライト魔法大臣、立ち話もなんですし座りましょう」


 へぇ仕事の出来そうな人に見えたけど、魔法大臣か。それなら辺境伯である父が下手にでるのも理解できる。


「ウィスプ、念のために聞くがお前に思い人はいるか?」


「生まれてこの方魔法が恋人ですよ。だいたい前線に若い女性は皆無です。出会いがありません」


 俺は皮肉を込めて肩をすくめる。前線にいるのは基本的に体力に勝る男だけ。いざと言う時に逃げるだけの体力が必要だからな。

 たまに春を売りに来る娼婦たちが危険を冒して最前線まで来るが、下手に子種も撒けないので俺が春を買う事もない。一度だけ買った時は酒の相手をさせ酌をしてもらったくらいだ。

 まぁ魔法を好き放題放って問題にならない場所は最前線だけだからな。これはこれで俺にとって都合のいい場所なんだ。


 デイライト魔法大臣が、机にドンと手を付き頭を下げてきた。


「ウィスプ君!どうかうちの娘を娶ってはくれまいか!」


「え?娶るって結婚って意味ですか?」


「ウィスプ何を言っておる。当たり前だろうが」


 俺に一番縁のない言葉は結婚だ。通常貴族は貴族学園に入学するのだが、俺はその頃から最前線を守る任に就いていた。爺さんが戦死してしまったその後釜としてだ。

 俺はむしろ王都に一度も足を運んだこともない。往復で2か月も最前線を空けるなんて恐ろしくてできないからな。


「これが娘の姿絵だ。忠実に書いてくれと絵師に頼んでいるから、実物に会っても違和感はないだろう」


「へぇ凛々しくて美人なお嬢さんですね」


 これはお世辞でもなんでもなく本音。今まで会った貴族の女性は母親と婆さんしかいないので、比較対象にならないが美人と言われる町娘よりずっと綺麗だ。


「ありがとう。では、どうだろう。娶ってくれるかね?」


「デイライト魔法大臣、それは約束破りですよ。なぜウィスプに嫁がせようとしたか。きちんと説明してください。その上で私たち家族で話し合って決めさせていただきます」


 ん?何か訳アリ娘か?

 俺は女性の扱い方なんてさっぱりわからんから、面倒ごとを抱えるならむしろ町娘の方がいいんだが。


「すまん、気が逸ってしまった。ウィスプくん説明をさせてくれ」



 デイライト魔法大臣の娘はシェリカと言い18歳で貴族学園の卒業を控えているんだそうだ。ほとんどの貴族は12歳で入学し18歳で卒業する。女性は卒業とともに嫁ぐのが慣例でシェリカもその予定だったんだそうだ。


「だがあのクソ王子が!」


 クソ王子と言うのはこの国の第二王子ルキアンのことだ。俺も名前しかしらないけど、色々やらかしているとは噂で聞いている。

 そのルキアン第二王子がありもしない事を吹聴して婚約を突然破棄したんだという。

 それはシェリカの不貞行為。シェリカが夜な夜な繁華街に出ては男漁りをしていると言い出したのだそうな。


「貴族の娘がそんなこと軽々しくするわけないでしょうに」


「うむ!うむ!その通りだ!だがクソ王子は証人としてシェリカを抱いたという男を何人も連れてきたんだ!」


 ルキアン第二王子は大事な知らせがあると言って学園生を集め、壇上で婚約破棄を告げ自称証人たちに話をさせたそうだ。あまりにもひどい内容で女子生徒たちは耳を塞いで泣き出すものまでいたんだとか。


「シェリカは必死に否定したが、クソ王子は嘲笑って『そんな尻軽女とは結婚できない』と言い放ったそうだ」


 デイライト魔法大臣が言うにはその虚偽の情報があっという間に広がったそうだ。そしてシェリカは誰にでも股を開く貴族の娘だと思われるようになったんだそうだ。必死にデイライト魔法大臣は否定したんだが証人たちがあまりにも赤裸々に情事作り話を話したものだから、真実だと信じられてしまったんだとか。

 デイライト魔法大臣が調べたところ、夜の繁華街を出歩いていたのは、むしろルキアン第二王子の方で何人も女を囲っているそうだ。シェリカとは結婚までは手も触らせないと約束していたそうで、『ヤレない女に価値はない』と飲み屋でも騒いでいたそうだ。

 当然デイライト魔法大臣は王に訴えた。だが返ってきたのは『許せ』の一言だったそうな。


「よく謀反を起こしませんでしたね」


「考えたさ。現王は無能で第二王子はクソだ。だが皇太子である第一王子はまともだ。第一王子に側室でいいからと嫁がせるよう打診したが、噂が広まりすぎてるからと断られてしまったよ」


「王都の貴族は平和ボケしていて噂が大好きだってのは本当なんですね」


「耳が痛いな。ウィスプくんたちが日々奮闘しているからこその平和だと言うのに」


 この国は良くも悪くも平和なのだ。ガードランド辺境伯領を除いてだが。

 他の貴族も最前線で戦ってみたらいいのに、そうすればくだらない噂話をしている暇なんて無くなるのにな。


「そしてウィスプくんに縁談を持ちかけた理由だがいくつかある。

 まずは君がこの国指折りの魔法師であること。これは王都でも話題に上っている。若くして神級魔法に手が届きそうな俊英としてな。

 そしてここガードランド辺境伯領が僻地にあること。ここなら王都の貴族たちのくだらない話を耳にすることはあるまい。傷ついたシェリカには心を癒す場所が必要なんだよ」


 それはシェリカ嬢の問題であって、俺がどうこうじゃないよな。面倒な貴族娘よりは、気立ての良い町娘を見繕ってもらおう。

 家族と相談と言っていたが、厄介ごとはごめんだ。そもそも王都の貴族娘が最前線で暮らせるはずもない。この話、断ろう。


「シェリカと結婚してくれたら、我が家の家宝『神級魔法の魔法書』を差し上げよう」


「はい、その縁談お受けいたしましょう!」


 あれ?おかしいな断るつもりだったのに。






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