第四節 『大切な話』をするときは、喫茶店に入らなくちゃいけない

第四節 『大切な話』をするときは、喫茶店に入らなくちゃいけない



「意味が、わからないんだけど」

「高校生の男女が学校をサボって大切な話をするときは、ちゃんとお店に入らなくちゃいけない。とくに平日の昼間に『大切な話』をするときは、喫茶店に入らなくちゃいけない」

「だから、なんなの、それ……」

「詳しくは、知らない。そう教えられただけだから」


 ふたりが入店したのは商店街のなかにある純喫茶だった。

 入口は小さく目立たず。地下へと階段を降りなくてはいけない類の喫茶店――。

 小さなアジサイの鉢植えと喫茶店の看板が目印のお店は、詩乃が知っている数少ない『飲食店』のひとつだ。

 古い映画のポスターやコーヒー豆を取り扱ったらしい新聞の記事が壁に貼られている。額縁に入れられた茶色い猫の写真と地中海と思われる海に浮かぶヨットの写真――。

 無口な店主は平日のお昼から制服でお茶を飲みに来る学生にも、特に苦言は漏らさない寛大な人だった。

 パウチされたメニュー表を確認した蒼司は「わ、悪いよ。クリームソーダで六百円だよ……」と呻いていた。

 ふたつのクリームソーダが運ばれてくるなり、詩乃はスプーンを使ってアイスの島をつつき始めた。


「話して。彼らはなぜ、蒼司に暴力をふるったの?」

「そ、蒼司って……。なんか、綾垣さんって積極的と言うか、人との距離感がわかっていない感じ?」

「わかっていない。蒼司と呼んだら、困る?」

「こ、困りゃしないけど……」


 もごもごと彼は口ごもった。

詩乃をちらちらと窺って、彼は意を決したように顔をあげた。


「じゃあ、僕も詩乃さんって呼んでもいいわけ?」

「詩乃で構わない。呼称にたいした意味はないから、好きに呼んでくれていい」


 この返答に蒼司はジッと詩乃を見つめてから。


「なんか、想像してた印象のひとと違うんだね。詩乃さんって」


 ソーダをストローで飲みながら、詩乃は「うん、こんな感じ」と返答した。


「蒼司を殴っていたのは同じクラスの田島崇央だった。なぜ、殴られていたの?」

「田島の事は覚えてて、僕の事は覚えてないのか……」

「そう、あなたのことは覚えてなかった。だから、助けるべきか少し迷った」

「面と向かって言われると傷つくんだけどな」

「だいじょうぶ。蒼司のことはちゃんと覚えたから。次に危ないときがあったら、すぐに助けられる。で、なぜ暴力をふるわれていたの?」


 繰り返される質問に蒼司は「むうう……」と唸ってから。


「ちょっとしたトラブルがあるだけだよ」

「人質を取られているの?」

「そんなんじゃないけど……。それに近いもの」


 詩乃は小首をかしげた。

 そんな彼女に蒼司は腰を浮かせて。


「いいんだよ。詩乃さんには関係ないし、僕が自分でなんとかしなくちゃいけないんだ。そもそも、僕が撒いた種だから、自分でなんとかする」


 宣言する蒼司に詩乃はハッとした。

 線の細い青年だと思っていた蒼司から、なかなか強い意志が感じられたからだ。

 彼は、もしかしたら強いひとなのかもしれない。

 そこまで理解したとき、今度は蒼司が「僕も聞いていい?」と断りを入れてきた。


「なにが聞きたいの?」

「あの、なんで詩乃さんは制服を着て学校を休んでたの? まさか、僕みたいに登校途中でゲームセンターに拉致られた……なんてわけじゃないよね?」


 こっくりと頷いて、詩乃は答える。


「外出用の服が、あんまりないから制服を着てた。今日は最初から学校を休むつもりだったの」


 蒼司は「外出用の服がない……?」と怪訝に首を傾げていたが――。


「じゃあ、どうしてあんな格闘技が強かったの?」


 あちょー、と胸の前で手のひらを縦横無尽に彼は動かした。

 詩乃はなんと答えたら適切か考えてから。


「天才だから、わたし」


 そう答えていた。


 蒼司はあんぐりと口を開けて「ああ、そうっすか」と言った。

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