叔父さんとわたしはお化け屋敷に住んでいる

トイノリ

第1話

叔父さんが、またコーヒーをこぼした。


「……あちゃ……。ミオ、布巾ある?」


「はいこれ、今日もう三枚目。あぁ、そこ拭くよりもパソコンの裏が先!」


「おう、助かる。いやぁ、ミオは冷静だなー。」


叔父さんはノートパソコンをひっくり返して布巾で拭い、テーブルの上もガシガシ拭く。

この家では、よくある風景だ。


叔父さん──38歳。元・重工業メーカーの設計部門勤務。

理数系の人だけど、若い頃からずっとホラー小説を書いていた。特に幽霊や妖怪もの。

趣味というより執念に近かったらしく、ずっと本業の合間を縫って原稿を出し続けていたという。


そして三年前、わたしを引き取ることになり、仕事を辞めた。

現在ホラー作家。


作家業だけじゃ生活できないので、退職金を元手に株取引を始めた。

今はその二本柱で生活しているけれど、正直、株の方が安定している。

でも叔父さんは「小説で飯を食うのが人生の本命だから」と言ってはばからない。


「腐った手首……擦れた影……“誰が窓を開けたんですか”……」


お昼前のテーブルで、叔父さんはノートパソコンに向かってつぶやいていた。

その姿はとても真剣で、楽しそうで、ちょっとだけ危ない人っぽい。


ちなみに、叔父さんの背中には──今日も女の人がくっついている。


服はぬれていて、髪はぼさぼさで、目は開けたまま動かない。

首の角度が少しだけおかしくて、時々何かを探すように左右に動かしている。更に気持ち悪いことに、叔父さんに半分融合するようにくっついている。


(昨日もいたし、一昨日からずっといる)


「ねえ、叔父さん」


「ん? なに?」


「後ろにね、女の人、くっついてるよ。今日も」


叔父さんはパチパチとキーボードを打つ手を止め、顔を上げた。


「……それいいな! その“今日も”っていうのが特に怖い! “日常に潜む異常”ってやつ! ミオ、ほんとセンスあるわ〜!」


「……ほんとに、いるんだけどね」


女の人は、ガクリと首を曲げてこちらを見た。

目が合わないように、わたしは視線をずらす。


“目を合わせない”──霊と長く付き合ううちに編み出した、自分なりの生存法則。

見なければ、大抵の怪異はそれ以上踏み込んでこない。


(……はず)


だから今日も、机の下の暗がりに蠢く影は見ないようにしている。

そこに何かがいて、何かがこちらを見ていても。



わたしは、ミオ。中学二年生。

霊が見える体質だけど、できるだけ平穏に生きたい派。


そして、この人が──唯一の家族。


「さて、午後は原稿進めたいから、昼はちゃちゃっと俺が作ろうかな?」


「却下。わたし、まだ生きてたいから」


「むむ……ま、仕方ない。じゃあそのかわり、夜はカレー作ってみようかな。スパイス効かせたやつ!」


「頼むから、包丁使わない方向で考えて」


叔父さんは残念そうに口を尖らせて、それからまたパソコンに向き直った。

その背中には、女の人がぴたりと張りついている。


でも叔父さんは、まったく気づかない。

霊感ゼロ。でも、怪異はホンモノ。


「ふふ……いい話が書けそうな気がする」


「うん。たぶん、今もあなたの後ろにいるからだと思う」


 

今日も、平穏だけどゾクリとする一日が、始まっている。

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