となりはケモ耳!?もふもふシェアハウスへようこそ

お嬢

第1話 はじめての出会い

獣人、それは獣と人間のハーフ。

頭と手足は獣だが、ヒトと非常に近しい身体をもっている。

おおよそ二十年前にはじめの個体が確認された以降、今では1クラスにひとり獣人が混ざるほど、彼らは社会に溶け込んでいる。


街を歩けば耳の長い子にしっぽの揺れる男子。コンビニのレジにも、カフェの店員にも、当たり前のように獣人がいる。

小学生の将来の夢に「獣人アイドル」が並び、テレビには獣人タレントが毎日映る。


それでも、完全に“同じ”とは言い切れない。

「人間じゃない」彼らには、彼らだけのルールと居場所がある。

……それはここ、若葉荘もそのひとつだった。



第1話 はじめての出会い


 がこん、がこん

 キャリーケースの車輪が床を叩くたびに、うるさいほどの音が響いた。

 新宿駅で乗り換え――それは確かに、乗換案内サイトに書いてあった。でも現実は、スマホの地図どころか、目の前の人混みすらまともに見えない。押し寄せる人波に何度も肩がぶつかり、歩こうにも前に進めない。


 「ああもう……こんなことなら、地元に帰ればよかった……」

 泣きそうになりながら、必死にオレンジ色の電車を探す。だけどどこもかしこも、人、人、人――。


 そんな中、不意に目の前の空間が、ふっと開けた。まるで誰かが道を切り拓いたかのように、人の流れが自然と分かれている。


 「……ん?」


 首をかしげながら、その“空間”の中心に目を向けると、そこには一人の獣人がいた。


 クロヒョウのような鋭い視線に、深い黒の毛並み。真っ白なダブルスーツに、同じく白のベレー帽、目元は黒いサングラス――まるでファッション誌から抜け出してきたみたいに、すらりとした長い手足が目を引く。


彼は、群れから一歩だけ離れたその場所で、じっとスマホの画面を見つめていた。

 よく見ると、その手には私と同じようにキャリーケースの取っ手が握られている。


 ……もしかして、彼も上京組!?


 それだけで、わけもなく心が浮き立った。人混みの中にぽっかりと空いた空間を、私はずんずんと進んでいく。


「あのっ!」


 声をかけた瞬間、喉の奥が震えた。緊張と人疲れで、うまく言葉が出ない。

 彼はゆっくりとこちらを振り向き、黒曜石のような瞳をぱちぱちと瞬かせる。次の瞬間、少しだけ面倒くさそうに視線を落とした。


「なんですか」

「……あの、ま、迷子ですか?」

 ――しまった!なんでそんな言い方を!?


 慌てて訂正しようと口を開きかけたとき、彼はふっと口元をゆるめて――あははっ、と意外なほど大きな声で笑った。


「迷子です。君も?」

「わ、私も迷子で……でも、あなたと一緒なら歩きやすそうだなって、思って……」


 素直な気持ちを口にすると、彼は革靴を鳴らして私の前に立ち止まり、サングラスを指先でずらす。

 そのまま、じっと私の顔を見つめた。


「名前は?」

「は、浜塚あおいです!」

「あおいちゃん。僕はシータ。よろしくね」


 差し出された手には、クロヒョウらしい柔らかそうな肉球がついていた。

 少し戸惑いながらも、その手をそっと握る。心なしか、ほんのりと温かかった。


***


 それから私たちは、案内アプリを頼りに駅構内を抜け、路線を乗り継ぎ、静かな住宅街にたどり着いた。

 坂道の先、レンガ塀の向こうに建つのは、どこかレトロであたたかみのある三階建ての集合住宅。


「ここが……“シェアハウス・若葉荘”?」


 思わず立ち尽くす私の横で、シータさん――いや、シータくんは小さくうなずいた。


「住所、ここで合ってるから。僕もここに入居するんだ」

「えっ、同じところ……?」

「うん。なんか、ひょんなことからってやつだね」


 思わず笑ってしまう。なんてことだろう。

 右も左も分からない大都会で、最初に出会ったのが同じシェアハウスの住人だなんて。


「じゃあ、今日から……よろしくお願いします、シータくん」

「うん。あおいちゃんも、よろしく」


 シェアハウス“若葉荘”のドアが、ギィ……と音を立てて開く。

 ここから始まる新生活――トラブルの予感しかしないけれど、それでも今、ほんの少しだけ胸が弾んでいた。

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