邂闢の人灯と -あしたのひとびと-

黒nully

第1話 よくある怪談話


汗が滲む。

 緊張からなのか夏の暑さのせいなのかはたまた俺まで変なものに取り憑かれたのか。

理由は知らないが俺はある建物の前に突っ立っていた。


 数日前、俺たちは大学内で噂になっていた心霊スポットに来ていた。俺やサークルの奴らは酒の勢いもあり深く考えもせずに興味と酔狂で真相を暴くぞと躍起になっていた。

『深夜、山の麓の廃屋敷の前を通ると門が開いていて中に入れば二度と屋敷から出られない』そういったよくある怪談話だった。俺達も道中「もしも開いていたら」など話していた。というのもこの廃屋敷は俺たちの大学の近くに存在していて何人かは通り掛けた事があるが門が開いている事はおろか入口は木材で塞がれていたのだ。


だからあの時は背筋が冷えた。

俺たちが屋敷の前に来たあの日、開いていた。

普段は門の隙間すらよく見えないのに、普段門を塞いでいる木材もあの時は無くなっていた。

 その事に気づいた時に何人かは「ヤバくない?」や「たまたまだろ」と不穏な空気を感じていて若干のパニック状態だった。そのせいなのかなんなのかは知らないが誰かが言い出しやがったんだ

「お前らビビってんの?」

 

そこからは単純だった。

酒の入った男共は躍起になり度胸試しなんて言いながら屋敷の中にズカズカと入って行きお化け屋敷のような感覚と思ったのか女達も何人か一緒に入って行った。


数分後か数十分後か。

鈴虫の鳴き声やら雑草のさざめく音やらが響く中で

暫く経った頃に異変を理解した。


静かすぎる。

さっきまで虫の声や風の音なんて聞こえない程煩かったんだ。

入ってすぐはずっと聞こえていたはずの喧しい声が

聞こえない。


サークルの連中とはそこそこの付き合いだ。ビビったからと言って静かにするような連中じゃない。むしろもっと騒ぎ立てるはずだ。

こんなに静まり返るわけが無い。

 違和感はすぐ心配に変わった。「もしや中に誰か居て全員そいつに身動きを取れなくされているのでは?」とかそういった事件が起きていると考えた。

警察に連絡しようかなどと考えていると待っている内の誰か何かに気付き声を上げた。何かを見つけたような様子で指を指す方を見ると、我先にと入っていったはずのサークル会長が玄関扉から身を乗り出しながらこちらを手招いていた。

『おーい!こっち来てくれ!凄いぞー!』

姿が見えて皆一安心したのか残っていたメンバーもサークル会長の手招く通りに玄関の方へと向かって行った。

みんな、心配から駆け寄るような様子だった。


 俺もまだ少し恐怖が残ってたがサークル会長なら嘘を着いたりはしないと思い、敷地内に足を踏み入れた。


その時だった。

手をこまねいていたサークル会長がボトリと倒れた。まるで手持ちの看板が投げ捨てられたみたいに身体を床に放られたみたいに倒れて、それに意識を奪われたら次の瞬間、玄関の隙間からなのかな。それとももっと暗い奥の方からか白い腕が伸びてきたんだ。それも一気に何本もぶわっと噴き出すみたいに門の傍から玄関まで何メートルもあったのにその手は俺の所まで直ぐに伸びてきて俺の足首を蛇が獲物に喰らいつくみたいに掴んできたんだ。

そして周りでも腕が次々と残ったサークルのメンバーに掴掴みかかったり巻きついたりして屋敷の玄関の中に引き摺り込んでいったんだ。

阿鼻叫喚ってやつなのかな。みんなの死にそうな叫び声が今でも耳にこびりついてるよ。

でも俺も凄い力で引っ張られて、自分が助かるのに必死でさ、逃げなきゃって振り返ったら既に後ろの門が『ギギギギ』と音を立てて半ば閉まりかけてたんだ。幸い俺だけ門が通れなくなるギリギリで身体をねじ込んで無理やり脱出出来たんだけど振り返って門を見たらさ、いつも通り平然と封鎖されてやがったんだよ!でも左足の掴まれた痕は残ってるし意味わかんねーし怖いしで錯乱して逃げちまったんだよ。


 階段を登り、目的の階の室内で話す俺はあの時の事をゆっくりと出来るだけ分かりやすく思い出しながら男に説明した。

 男と俺が話す長机の隣では何故か中学生くらいの女の子が2人で勉強を教え合っていた。


「なるほど、、、。」


少女らの方に意識が取られていたので少し慌てた感じで男の方を向く。男は今どき珍しい古風な探偵らしい格好をしていてその目は何だか頼りなかった。優男というか変に真っ白で後ろで一つ結びにしている髪型も相まって初老の爺さんにも似た印象を受ける。

 本当にコイツが頼りになるのか?とこの探偵事務所を紹介していたウェブサイトを恨んだ。


「信じられねぇかもしれねぇが本当に見たんだよ!白い手がブワーッと伸びてきて俺らを絡むみたいに掴んできて周りの連中がどんどん屋敷の中に引き込まれていくのをさ!!」


 これまで何件か相談しに行った探偵や警察にも同じことを正直に話したがどこも相手にしてくれなかった。

 だからわざわざ「怪奇事件に強い人探しの出来るやつ」なんて漫画みたいな条件で探して見つけたのがここだ。遠くてもわざわざ隣町から来たんだ。

ガセだったらこの優男ぶん殴って帰ってやる。


「大丈夫ですよ。信じます。お客さんの目を見ても嘘は言って無さそうですしね。」


「え?あ、、はぁ。」


よく分からない理由だが取り敢えず信じてくれるなら何でもいい。頼りになるか分からないがこうして事務所をこさえてるんならちっとはまともな探偵なんだろう。

 猫の手も借りたい状況ってやつだからな。頼れるものを頼ろう。


「お、おう。よろしく頼むぜ!先生!アイツらをさっさと見つけてやってくれ!」


 俺がいきなり大声をあげたからか優男も隣の机で勉強を教え合っていた少女達も驚いた様子でこちらを唖然と見ていた。なんだかちょっと恥ずかしくなって勢い余って机に乗り出したのを後悔する。


「ま、まあ心意気はわかりました。お引き受けしますよ。」


探偵が立ち上がり手を差し出してくる。俺もその手をしっかり掴んで握手を交わす。

やっと事が進展しそうで俺はどこか安堵していた。


それからすぐに横で勉強していた少女らが「お仕事の邪魔になりそうですから」と言って事務所から出ていくのを探偵と見送ってから席に戻った。


「さて、では具体的な捜査の話をしましょうか。」


少し後ろから麦茶の入ったグラスを二つ手に持ちながら出てきた探偵が飲み物を俺の前に置きながら言った。


「今のところ、神隠しのようなものとして捜査する方向性で良いでしょうか?そうだったらその流行してた噂についても幾つか聞きたい事項があるんですが、大丈夫ですか?」


「あ、はい!大丈夫です。噂についてですか?」


「はい。詳しくどういった噂なのか、いつ頃から流行り始めた噂なのか、誰が流し始めた噂なのか、最初の時から内容が変化していないか。といった所ですかね。」


 誰が噂を流したのか。

そんな事、考えもしてなかった。確かに誰かが噂を流したならそいつが何か今回の事に関わっているだろうしもしそいつが俺と同じように目撃者でも事件としてじゃなく噂として広めている意味がわからない。

やはりここに依頼して正解だった気がしてきた。


「噂については、すみません。あんまり詳しい事は俺も知らなくて、いつからか、去年の秋くらいから聴き始めた気がします。」


「そうですか。去年の秋、、、、。」


そう言うと探偵は少し考え込むようにして口元を隠すようにしていた。さっきとはなんだか雰囲気が異なって鋭い印象を受けてちょっと気圧される。


「ねぇ。」


ビクッと驚きで少し肩が跳ねる。

気がつくと探偵が座っている向かいのソファーの後ろに白くて長い髪を雑多に伸ばした子供がこちらに向けて声を掛けてきていた。


「あ、おかえり。どうした?」


「去年の秋って10月とかそれくらいじゃない?場所的にもさ。」


「あぁ、確かに。それで合ってますか?」


「え?えぇ。そう言われると10月の終わりごろくらいだったと思います。」


 何を話しているのか、なんで時期と場所が関係あるのか分からなかったが取り敢えず記憶の通り返答を返した。


「それじゃあ、調査に行きましょうか。」


「調査ですか?でもまだこっちは何にも分からないしどこを調査するかも見当がつきませんが。」


立ち上がり外に向かう探偵のやる事がよく分からず口を挟んでしまったが大丈夫だっただろうか。

言った後にそんな心配が沸いたがそれとは反して探偵は先程までの柔らかい物腰で答えてくれた。


「大学の方へと、噂について調査します。一緒に来て頂けますか?」


「おーい。さっさと行くぞー!」


探偵の更に向こう、扉の外には先程の子供がもう草履を履いて立っていた。

少々、いや結構心配が残るが俺は探偵達を大学に案内した。

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