第7話 第1試合 ヨハネスVS豚拳のピギー
試合当日。十万人もの観客を収容し全世界で中継が行われるスター流と神拳団の決戦は異常なほどの盛り上がりを見せた。
向かい合うスター流と神拳団の猛者。
神拳団たちは誰もが白いフードを被っている。
お披露目は対戦が決まってからということだ。
一番手はヨハネス=シュークリームに決まった。
小柄で華奢の美少年はいつもの探偵姿でリングに上がった。
神拳団のひとりが椅子から立ち上がり、リングへぬっと入ってくる。
向かい合うだけでもヨハネスは見上げてしまい首が痛くなった。
無言の巨体は勢いよく白いフードを外して正体を明かした。
「俺は神拳団豚拳使いのピギー」
巨大な二足歩行の白豚そのものの外見にヨハネスはアハハと笑い出した。
「ブヒヒ~、何がおかしい」
「君は知らないだろうけど、豚は僕の大好物なんだ。手早く料理してあげるよ」
「ならば俺もお前をグチャグチャにしてやるよ可愛い娘ちゃん」
可愛いという言葉を聞き飽きたヨハネスだったが敵に言われるのは面白くない。
両者は上下から激しい火花を散らして互いに背を向け自軍コーナーに戻り、試合開始の合図を待つ。仲間や観客が見守る中、第一戦開始の鐘が鳴り響いた。
ヨハネスは試合開始早々から必殺の聖剣拳を炸裂させた。光の刃と化した手がピギーの巨腹に食い込み、ヨハネスはニッと笑った。
「これで終わりだよ!」
腹を横に切り裂こうとした刹那、ヨハネスの掌の動きが停止した。異変に気付いたヨハネスが慌てて腕を引き抜こうとすると彼の黄金の手刀はドロドロとした脂に塗れ使い物にならなくなっていた。ピギーの腹から溢れた脂肪が聖拳剣をコーティングしてしまったのである。
「ブヒヒ~。お嬢ちゃんの刃もすっかりダメになったねぇ」
紫色の舌を出して下衆な笑いを浮かべるピギーに顔に不快感を露わにしたヨハネスは左腕でも聖拳剣を打ち込むが結果は同じ。
主力武器である両腕を封じられてしまった。両腕が脂の重みでダラリと下がり、ヨハネスの額から冷たい汗が流れ、引きつった笑みに変わる。
速攻で勝負を決めようと必殺技を繰り出したのが仇になった格好だ。
試合を観戦していたジャドウは不敵に笑って言った。
「相手を侮るから罠にはまるのですな。愚かとしか言いようがない」
リング上ではソーセージを彷彿とさせるヌンチャクを虚空から出したピギーがヨハネスの細い首にヌンチャクを巻き付け締め上げていく。
「豚拳・腸縛り!」
血の気を失い白を通り越して青くなるヨハネスに美琴は胸の前で手を合わせて祈った。
「ヨハネス君、負けないでください……!」
ソーセージに締め上げられながらもヨハネスは頭を後方に反らしてピギーの眉間めがけて頭突きを叩き込んだ。予想外の一撃に怯んだ隙に魔の首絞めから脱出。
ヌンチャクを引きちぎって技の再発動を抑えたが、必殺技は使えない。
聖拳剣を再び使用したとしても脂を落とさない限り鈍らのままなのだ。
奥歯を強く噛みしめヨハネスはピギーを睨む。
「ヨハネス、未来予測を使え!」
突如の不動の助言にヨハネスは応じ、ごく短時間の未来を予測する。
「食らうがいいブヒ~」
太い腕から繰り出される掌底やラリアットを巧みに回避していく。
「なんで当たらないブヒ?」
「君の動きが遅いからさ!」
素早く後方に回って首の後ろにドロップキックをするが、ピギーはゆっくりと振り返って。
「蚊に刺されたよりも痛くないねえ。お嬢ちゃんの細い脚では効かないよぉ」
ならばとフロントネックチャンツリーで首を締め上げるが首回りが太すぎて、どれほど力を加えても全く極まらず逆に外されてしまう。
体当たりをすれば腹でロープまで弾き飛ばされ、反動で返ってきたところを強烈なビックブーツの返礼を食らってしまう。
「お嬢ちゃんの肩、ちっちゃくて可愛いねぇ。折っちゃおっと」
ベキッと乾いた音に美琴は息を飲む。
「ぐあああああああっ」
ヨハネスの口から放たれる絶叫。バカ力で肩の骨を外されたのだ。
「もうお終い? ちょっと物足りないねえ。スター流ってのはこんなものなのかな」
膝蹴りを細い腹に受けて吐血し、倒れたところを容赦なく踏みつけられる。
出される技はシンプルなのだが威力が桁違いだった。単なる豚と思ったヨハネスの戦略ミスだった。大きな瞳に涙が浮かぶのは己の過信が招いた過ちが悔しいのだ。巨大な足で蹴とばされヨハネスの身体は盛大に吹っ飛びギリギリ場外手前で止まった。
意識が朦朧としたヨハネスの脳裏にリング下へ逃げるという選択が浮かんだ。
そしてカウント20まで待てばルールにより苦痛は終わる。
しかし、それではヨハネスは場外負けということになってしまうのだ。
「一矢も報いることができず敗北とは、さすがはヨハネス。食うことしか能がないお人形とはよくぞ言ったもの……」
「ジャドウさん! ヨハネス君に対してあんまりです!」
ジャドウの煽りに抗議する美琴の姿が見えた。
ヨハネス自身はジャドウの煽りを受け入れていた。
今の惨めな姿を見れば誰だって煽りのひとつも入れたくなるだろう。
観客席は水を打ったように静まり返っている。
斬撃を得意とするヨハネスに防御技を駆使するピギーの相性は最悪だった。
パワーでも経験でも負けている気がする。
ヨハネスは改めて今度の敵の強さを確認した。
普通の相手ではないのだ。
独自の拳法を極めた武闘派集団。
相性の問題で李だったら瞬殺しているような相手だ。
けれど自分にはそれができない。
ひどく惨めで情けない。
流れる涙が細い顎を伝ってマットを濡らした。
ピギーが見下ろす。
「お嬢ちゃん泣いてるの? 痛いねえ苦しいねえ辛いねえ。
おとなしく負けを認めてあの世に逝く?」
「まだ……終わりじゃないよ」
ヨハネスはゆらりと立ち上がって、ロープに腕を当てた。
「これが僕の逆転の策だよッ!」
腕をロープに擦りつけて走り出すヨハネスにピギーは爆笑した。
「どうやら正気を失ったようだねえ。俺がおとなしく止めを刺してあげるからさあ」
「それはこっちの台詞だよ」
「……何ッ」
四方のロープを走り終えたヨハネスの両腕は真っ赤な炎に包まれていた。
摩擦熱を発生させて脂肪を燃え上がらせたのだ。
燃え盛る両腕を見てピギーが一歩後退する。
「お嬢ちゃん、まさか……」
「僕はお嬢ちゃんじゃない。ヨハネス=シュークリームだよ!」
跳躍し砕けよとばかりに炎を宿した腕をピギーの両肩に叩き込む。
「フライング・ポークチョーップ!」
「ギャアアアアアアアアアア……」
脂肪の塊とも言えるピギーの身体に引火した炎は瞬く間に彼の身体を燃やしていく。
豚の火柱と化し、最後はリング上で大爆発を起こした。
黒煙が鎮まると、そこにはヨハネスが辛うじて立っていた。
「僕のインバネスコートは伊達じゃない。大抵の攻撃は防いでしまうからね」
爆発の瞬間に背を向けて身を守ったのだ。
「ヨハネス、よくやった」
「ヨハネス君、信じていました!」
「おめでとう、ヨハネス君!」
「まあ、スター様に一勝を献上できたことだけは褒めてやらんこともないですな」
四者四様でヨハネスに称賛の言葉を送る。
こうして第一戦はヨハネスの勝利に終わった。
第一戦 神拳団豚拳ピギーVSスター流ヨハネス=シュークリーム
勝者 ヨハネス=シュークリーム
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