3 メリージゴクマス

 翌日の朝、隣に置いたスマホを取って時間を確認する。

 朝の九時。そして寝る前に送ったラインの返事はまだ来ていない。でも、全部既読になっている。今頃どこで何をしているんだろう、それがすごく気になってもう一度ラインを送ろうとしたけど、意味ないよな。無視されているような気がする。


 いや、確実に無視されていた。


(澪) おはよう、起きてる? 夕日くん。


 すると、澪からラインが来る。そういえば、昨日澪と連絡先を交換したよな。

 浮気された後、すぐ連絡先を消してしまったから気分が変だった。

 なんか懐かしい……。澪は葵と違って大人しい女の子だったから、そのラインを見てちょっとだけあの時のことを思い出した。すべてが誤解だったから、過去のことはもういいけど、状況が複雑になってどうしたらいいのか分からなかった。


 でも、このままじゃ何も変わらないから……。


(夕日) うん。メリークリスマス、澪。


 澪に返事をして、すぐ葵にラインを送った。

 一応、送ることにした。


(夕日) メリークリスマス、葵。今日いいレストラン予約しておいたから一緒に行かない?


 多分、返事はしないだろう。

 というわけで、ケーキもプレゼントもこっちが処分しないといけない。葵が何をしているのか分からないけど、今はお母さんと朝ご飯を食べることにした。部屋に引きこもって俺一人で浮気のことを考えても頭がおかしくなるだけだからさ。


 そのまま持っていたスマホをベッドに下ろした。


「夕日! 早くご飯食べて!」

「はーい!」


 ……


「おっ、オムライスだ」

「そういえば、昨夜もオムライス食べたよね? 夕日」

「えっ? どうしてそれを」

「澪ちゃんが話してくれたから」

「連絡していたのか? 澪と」

「いや、さっきうちに来たよ。今、洗面所にいるから」


 それを聞いて持っていたスプーンを落とした。

 いつうちに来たんだろう。

 でも、うちからそんなに遠くないところに住んでいるから。ラインを送った後、すぐうちに来たかもしれない。そして葵のことばかり考えていて、ドアの音が聞こえなかったみたいだな。


 全然気づいていなかった。


「あっ、朝からすみません。黒瀬さん」

「いいよ。元気だった? 久しぶりだね、澪ちゃん」

「はい! えへへっ」

「朝ご飯は?」

「食べました!」

「相変わらず、可愛くて明るい子だね。夕日は澪ちゃんを見習って」

「うっ……!」


 そう言いながら背中を叩くお母さんにまたスプーンを落とす俺だった。

 そしてさりげなく隣席に座る澪がこっちを見て笑みを浮かべる。

 いきなりどうしたんだろう。


「本当にオムライス大好きだね、夕日くんは」

「何しに来たんだ?」

「知ってる? 私にオムライスを教えてくれたのは夕日くんのお母さんだよ?」

「えっ? そうか?」

「そうだよ。澪ちゃん、中学生の頃にオムライス教えてくださいって言ってたよね。すっごく可愛かったよ」

「そうなんだ……」

 

 適当に朝ご飯を食べた後、すぐ澪を俺の部屋に連れてきた。


「で、何しにここにきたんだ?」

「今日は葵とデートをするの?」

「…………」


 こっそりスマホの画面をタップし返事を確認してみたけど、やっぱり来ていない。

 てか、俺には早く返事してって言っておいて、葵は昨日のラインにもまだ返事をしていない。完全に無視されたな、俺。


「どうやらまだ浮気相手とどっかで楽しんでいるみたいだね」

「最初から知っていたんだろ? 葵が何をしているのか」

「いくらなんでもそれは無理だよ、ただの推測。私は神様じゃないからね」

「そうか」

「今日、予定なさそうに見えるからちょっと付き合ってくれない?」

「いいよ、どこに行くつもりだ?」

「ふふっ」


 澪は何も言わずにっこりと笑うだけだった。

 どうせ返事も来ないし、気にしなくもいいと思う。

 そして俺もちょうど気晴らしに歩きたい気分だったから、澪に付き合うことにした。


 ……


「この辺りは全然変わってないね。ここで……子供の頃によく夕日くんと遊んでたけど、覚えてる?」

「うん。澪はブランコ好きだったよな」

「そう! あの時は夕日くんが後ろで背中を押してくれたから」

「うん、そうだったよな」

「ねえ、背中……押してくれない? あの時みたいに」

「分かった」


 葵は幼い頃から俺たちと違って周りにたくさんの友達がいた。

 あの時は俺もけっこう積極的な性格だったけど、人間関係にすぐ疲れてしまうから仲がいい友達三人くらいいればいいと思っていた。それ以上、その関係に執着する必要はない。人生は適当が一番だからさ。


「おおぉ!」


 ゆっくり澪の背中を押して、ほんの少しあの時の幸せだった瞬間を思い出す。

 そして今まであったのは全部誤解だから、もうあの時のことは考えないようにした。


「このなんでもないことがこんなに楽しいなんて知らなかったよ」

「幼い頃にはいつもここで遊んでいたから、懐かしいね」

「そう。あの時は遊び場で遊んだ後、一緒にお風呂入ったり、一緒に寝たりしてたから。懐かしいよ」

「で、澪は俺と何がしたいんだ? 教えてくれ」

「後で教えてあげるから! ねえ、ショッピングしに行かない? 今から! クリスマスだし、夕日くんにプレゼントしたい!」

「いいよ、気にしなくても」

「そんなこと言わないで行こうよ〜!」


 手首を掴む澪、そのまま俺たちは予定になかったショッピングモールに向かう。

 テンション高いな、澪は。

 クリスマスだから人が多いのは当たり前のことだけど、まさか座る席すらないとは思わなかった。仕方がなくドアのところに立っているけど、二人の距離感がちょっとやばい。近すぎる。そして降りる時に人出に巻き込まれるかもしれないから、何気なく澪の手を握った。


「…………」


 すると、俺を見上げて笑みを浮かべる澪。

 そういえば、よく笑うのは澪も一緒だったよな。うっかりしていた。


「人めっちゃ多かったよね?」

「そうだな」


 てか、けっこう遠いところにあるショッピングモールに来たな。


「ありがとう、夕日くん! 手握ってくれて」

「うん」


 電車から降りた後は当たり前のように澪とあちこち歩き回って、普通のデートみたいに可愛い物や洋服を見ていた。こういうのは初めてかも。葵と付き合っている時はよく俺に「有名なブランドじゃなきゃダメ!」と言ってたからさ。


 さっきの言葉を思い出して急に鳥肌が立った。なぜだろう。


 そしてなんでそんなことに執着するのかいまだによく分からない。

 うちはお金持ちじゃないし、バイトはちゃんとしているけど、バイトをしてもあんな高いブランド品は買えない。「超可愛い」「めっちゃ欲しい」って言っても俺にはできないことだった。


「これ、可愛い! しかも、セールしてる! やった!」


 でも、澪は葵と違う。

 ちらっと澪が見ているスカートの値段を見た時、普通だった。高校生でも買えるくらいの普通の値段……。そう、俺たちはまだ高校生だからさ。そして俺はどうして買いたいものをずっと我慢して、葵のためにこんなに高い腕輪を買ったんだろう。マジで分からない。


 俺が着ている上着のポケットには昨日葵のために買った腕輪が入っている。

 結局、葵が欲しがっていたあの腕輪を買ってしまった。

 我慢して、ちゃんと貯金して3万円のプレゼントを買ったから捨てられなかった。


「どうしたの? 夕日くん」

「いや、なんでもない。ちょっと懐かしいなと思って」

「これ夕日くんに似合うかも!」

「マフラー? いいよ、いらない」

「プレゼントなのにもらってくれないの?」

「なんで俺にプレゼントするんだ?」

「クリスマスだから」

「そうか」


 まさか、今日元カノにクリスマスのプレゼントをもらうとは……。

 そして澪がお会計をしている時、こっそりスマホをいじった。予想通り返事は来てないけど、今度はなぜか既読状態になっていない。


 ということは、スマホをいじる暇すらないってこと。

 いけない、余計なことを考えるな……。夕日。


「ねえ、夕日くん。そろそろ上の階に行こうか!」

「上の階に何かあるのか?」

「あそこにめっちゃ可愛いぬいぐるみを売ってるお店があるから! 私、〇〇プリンを買いたい!」

「そうか、行こ———」


 その時、向こうから聞き慣れた声が聞こえてきた。

 その声は澪もよく知っている声、葵の声———。

 知らない男と腕を組んで、エスカレーターに乗って、俺たちがいる3階にきた。


「あははっ、おもしろーい!」


 その場で体が固まってしまう。何をすればいいのか分からなかった。

 そして葵が着ているあの服は昨日俺がホテルの前で見た服と一緒、着替えてない。ということは———。


 唇が震えている。指もすごく震えている。


 帰ってないんだ、家に……。

 そのままそこで。

 いや、知っていただろ? それくらい。なぜ今更それに動揺するんだ? 夕日。


「夕日くん……」

「うん?」


 持っていたショッピングバッグを落とす澪。

 何が起こったんだろう、それは一瞬だった。

 買ったばかりのマフラーを首に巻いて、そのまま俺に抱きついた。


「あっち見ないで、今はデートをしている普通のカップルだよ」

「うん……」


 そうか、あの二人……。3階に用があるから……、そのままぼーっとしていたらバレたかもしれない。澪はバレないように俺と恋人のふりをしたのか。そんなことより葵は俺の彼女なのに、俺は自分の彼女の浮気現場を見ておいて、「バレるかもしれない」とそう思っていた。馬鹿馬鹿しい。


 そして俺はふとある事実に気づいた。


「あのさ……、澪。俺、聞きたいことがあるけど」

「うん? 何?」


 うちから遠くないところにショッピングモールがある。

 なのに……、澪はわざわざ昨日俺が腕輪を買った遠いショッピングモールに連れてきた。あの二人が泊まったホテル、ここから五分くらいかかるところにあるのを覚えている。


 ということは———。


「知っていたのか? あの二人がここにくるかもしれないってことを」

「…………」

「だから、わざわざここに連れてきたのか? なんのために?」

「…………」

「澪、どうして何も言わないんだ?」


 じっと俺を見つめていた澪はスカートのポケットからハンカチを取り出して、俺の涙を拭いてくれた。

 情けない。知らないうちに涙を流していたのか、俺ってやつは。


「うん、知っていたよ。こないだ3階にD〇〇Rが入店したからね」

「どうしてだ」

「ちゃんと見ておいて、あれが葵の本性だよ。そして覚悟しておかないと……、時に動揺してしまうから」

「そうか、そういうことか……」


 背の高い男と腕を組んで、俺には見せてくれない顔をしていた。

 前にはよく笑ってくれたけど、最近は曖昧……。

 そう、曖昧ってしか言えないそんな感じだった。女の子はよく分からない。


「ごめん。俺、情けないよな」

「そんなことないよ。夕日くんはあの時も今もすっごくカッコいいから、自信を持って」

「…………ありがとう、澪」


 そして俺はすぐ葵に電話をかけた。

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