異世界転生したので無双できると思ったら既に現地転生者が無双していたんだが?

萬屋久兵衛

おらあ地獄さ行くだ


 異世界に転生したので俺は冒険者ギルドマンになることにした。





 ……いや、実際は強制的に冒険者送りにされているだけなんだけれども。


     ※


「はあ……ついにこの日が来ちまったなあ」


 迎え集荷の馬車の荷台から村が見えなくなると、村の人たちに手をぶんぶんと振っていたキュベロはすとんと座り込みこの世の終わりのような表情でつぶやいた。


「おらあ冒険者なんてまったくやっていける気がしねえよお……。きっとすぐに魔獣にやられておっ死んじまうんだ」


 少しばかり大袈裟な気もするが、確かにこの先待ち受けている未来を考えれば悲観的になるのも理解できなくはない。

 なにせ冒険者といえばこの世界の3K労働筆頭のような職業で、街のドブさらいから魔獣の討伐、時世が悪いと戦争にも駆り出されることすらある正真正銘の底辺職である。

 上り詰めさえすれば英雄のように持て囃されて奇跡に奇跡が重なれば貴族に成り上がることもなくはないが、そうなれるのは英雄譚に謳われるような一握りの人物でたいていはろくでもない死に方をするか低賃金の雑用でその日暮らしの極貧生活が待っている。

 そんなだから社会的に必須の職でありながら進んで冒険者になろうなんて物好きは中々存在せず、こうして俺たちのように家を継いだり嫁入りしたりする見込みのない成人十五歳が半強制的に送り込まれるハメになるのである。


「お前のことはカプリ姉が面倒を見てくれるんだろ?そんなに心配しなくても大丈夫だって」


 キュベロの姉であるカプリ姉は家族思いで世話焼きなので、図体ばかりデカくて肝がノミみたいに小さいキュベロのこと心配して自分のパーティーに引っ張り込むと里帰りの際に宣言していた。

 なんならキュベロの幼馴染みである俺のことも気にしてくれて声をかけてくれたのだが、俺はそれを辞退している。

 いくらカプリ姉がパーティーの中心人物で高い発言力を持っていたとしても、使えるかもわからないようなひよっこをふたりもパーティーに引き込んだら仲間といらぬ軋轢を産むだろうし。


「そうなんだけどよう……おらあアクシアみたいに頭も良くねえし、パーティーの中でどんな扱いをされるか……かといってひとりでやっていける自信はまったくねえしよお」


 そう言って頭を抱えてしまうキュベロ。

 人一倍デカくて目立つキュベロが悲観的な雰囲気を醸し出すせいで馬車の中が一気に暗い雰囲気になる。

 俺たちを運ぶ馬車隊は国が冒険者を各地に供給するために仕立てたもので、年に一度地域の各村から冒険者を目指す者(という名のあぶれ者)を集めるようになっている。

 つまりこの馬車にいるのは俺やキュベロと同じく村に残れなかった冒険者のたまごということだ。

 そんなやつらが集まった中でネガティブな発言をすればこうもなるだろう。

 俺は沈黙が支配する馬車内の様子にため息を吐いた。

 この馬車の中で何日も過ごさなければならないのにこんな陰気くさい空気のままでい続けられるのは勘弁願いたかった。

 俺は仕方がないなとキュベロに話しかける。


「悪く考えちまう気持ちもわかるけどさ。どうせなんだから良いところにも目を向けようぜ」


「良いところ……?」


「そうそう。例えば……ほれ、あれを見ろよ」


 顔を上げたキュベロと周囲の冒険者のたまごたちに、俺は馬車の後方を示してみせる。

 そこには馬車に着いて歩くおっさんの姿。

 護衛に雇われた冒険者のうちのひとりである。

 馬車は整備された街道を進んでいるのである程度の安全は確保されているのだが、それを過信して安全対策を怠ればひょっこり顔を出した魔獣に襲われても仕方がないぐらいの安全度でしかない。

 そして、ただの一般人である俺たちが魔獣という存在に勝つことは万にひとつもありえない。

 故にこうして護衛の冒険者が雇われるわけであるが……。


「あのおっちゃん、締まりのない顔してるだろ?いつどこで魔獣が襲ってくるかもわからないような、生きるか死ぬかみたいな仕事をしているんだったらあんな表情してるわけがねえ。それに年齢もそこそこいってそうだな。たぶん四十歳ぐらいだろう。つまり……」


「つまり?」


 冒険者のおっちゃんに聞こえないように声を潜める俺に合わせて小さな声で聞いてくるキュベロに、俺は自信有り気に笑みを浮かべたまま言ってやる。


「つまり、冒険者も危険な仕事ばかりじゃねえってことだよ。街道を移動する商人の護衛だとか街の警備だとか、魔獣があまり出てこないような場所で働いていれば安全ってわけだ。あのおっちゃんもそうやってあの歳まで生きてきたんだろうよ」


「なるほど……」


 俺の説明に、俺たちの会話を聞いていた同乗者のひとりが頷く。

 俺は彼に頷き返してやりながら、ことさらに明るい口調を作って皆に発破をかける。


「せっかく肩身の狭い村の生活から抜け出せたんだ。どうせなら自由気ままな冒険者暮らしを満喫してやろうぜ!」


「そ、そうだよな!どうせならそれぐらいの気持ちでないとな!」


「考えてみりゃあもう親父にやお袋にどやされることも兄貴達にいびられることもないんだ!そう考えると村を出るのも悪くねえや!」


「魔獣と戦うだけが冒険者じゃないんだから、安全な仕事を選んで働けば危険はないものね!」


 活気付く馬車内の様子を見て、キュベロが尊敬のまなざしで俺のことを見てくる。


「おらあもなんだかやっていける気がしてきたよ。やっぱりアクシアはすげえなあ」


「それほどでもない」


 俺はキュベロの相手をしながらも、再び冒険者のおっちゃんに視線を向けた。

 おっちゃんの風体は、有り体に言ってしまえば実にみすぼらしい。

 身に纏う外套は地色とはあきらかに違う黒々とした染みがついているし、中に見える革鎧は継ぎ接ぎだらけで長く着古しているのがまるわかりだ。

 おっちゃんが身なりを気にするような性格でないだけかもしれないが、金があるのならばもう少しちゃんとしたものも着ているだろうし、防具にも気を使っているだろう。

 つまり、このおっちゃんは金のないその日暮らしな生活をしているということだ。

 まあ危険の少ない安全な仕事なんてのは当然支払われる報酬も少ないだろうし、装備の更新に回す金を捻出するのにも苦労をすることだろう。

 運悪く魔獣に出くわした上に装備を破損させられたり負傷するようなことにでもなれば赤字になるに違いない。

 それに、そんな安全な仕事がそういくつも出回るとは思えないので、そういった仕事は奪い合いになるはず。

 新人が大量に流入するこの時期は特にだ。

 今度は馬車に座った俺と同じ冒険者のたまごたちに視線を向ける。

 俺の言葉に安心し、先ほどまでの暗い雰囲気とはうって変わって楽しそうに談笑している彼ら。

 この中の内、来年まで生きていられる者は何人いるのだろうか。

 ……やめやめ。こんな生産性のないことを考えていてもしょうがないし、他人のことを気にしている余裕は俺にもない。

 まずは自分が食っていくことを考えなければ。



 ──とかまあそんな殊勝なことを考えつつも、俺は先行きを楽観視していた。

 現代日本からの転生者である俺は他の冒険者たちよりも学はあるつもりだし、前世で人生経験をそれなりに積んでいるというアドバンテージは馬鹿にならないだろう。

 まさに転生チートというやつだ。

 それにこの後に待っているのことを考えれば転生者特典にも期待できるだろうし。

 転生特典として簡単に無双できるようなチートパワーが手に入れば大金を手にして豪勢な暮らしもできるし美女を囲ってハーレムを作ることだって夢ではないはずだ。

 俺は目的地に到着するまでの間、皆の会話する姿を眺めながら将来的に手に入るであろう幸せな未来を妄想して過ごすことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る