異世界のんびりフィギュア作製生活『令和の左甚五郎、異世界で“萌えフィギュア”職人はじめました! ~精巧すぎて神像扱いされてるんですが、俺はただのオタクです~』

常陸之介寛浩◆本能寺から始める信長との天

プロローグ 『神の造形師、異界に降り立つ』

世界で一番好きな言葉は「かわいい」だ。

 この“尊さ”をどうにか形にできないかと、俺は十年以上、美少女フィギュアの世界に命をかけてきた。


 理想の目線。

 絶妙なスカートのひらめき。

 空気を含んだ髪の躍動感と、ふとももと膝の角度。

 そして、そこに宿る“萌え”。


 俺にとって、フィギュアはただのプラスチックではない。魂だ。

 人が本気で愛した「かわいい」は、必ず形になる。

 そう信じて――今夜も俺は、机に向かっていた。


 手元には、最新作『聖剣乙女ルミア ver.3.5』。

 武器を携えた美少女が、微笑みながらこちらを振り返る造形。

 あまりの可愛さに、作っている自分が鼻血を出しそうになる。


「やべ……この腰のライン、伝説クラスだな……。あとほんの少しだけ、光沢を……」


 息を呑むほどの集中。

 刃先で、ドレスの縁をミリ単位で削る。

 呼吸さえ忘れていたその瞬間――


 ぱちんっ。


 何かが弾けたような音がして、目の前が真っ白になった。


 ドサッと尻もちをついた。

 硬い床でも、畳でもない……ふかふかした土?

 周囲を見回すと――そこには、見たこともない景色が広がっていた。


 三日月が三つ浮かぶ、深い紺の空。

 夜なのに、空気がほんのり甘くて、花の香りがする。

 白銀に光る大樹。淡く光る草花。どこか幻想的で、絵本の中の世界みたいだった。


 ポツンと、俺ひとり。工具ベルトをつけたまま、右手には彫刻刀、左手にはルミアのフィギュアを握りしめていた。


「………………いや、マジで、どこだここ」


 返事のない静寂。


 現実を受け入れるには、少し時間がかかった。


 いや、ちょっと待て。落ち着け俺。考えろ。

 状況を整理しろ。


 一、深夜、作業してた。

 二、刃を入れた瞬間、謎の光。

 三、気づいたら異世界っぽい場所。

 四、道具と作品は一式手元にある。

 五、スマホは圏外。っていうか時間が止まってる?

 六、「ルミアver.3.5」のフィギュアが、なぜか――うっすら光ってる。


「……うん、転移、してるよね俺これ」


 異世界召喚。ファンタジー世界。魔法。剣。勇者。

 そういう世界観はラノベで死ぬほど読んできた。まさか、自分がその世界に来るとは思ってなかったけど。


 ……でもおかしいだろ、どう考えても。

 よりによって、俺みたいな美少女フィギュア職人を召喚するか?

 武器も魔法もないぞ? あるのは精密工具と萌えへの情熱だけだぞ?


「……なんなんだよ……」


 そうつぶやいたときだった。


 森の奥から、カサッと音がした。

 振り返ると、長い銀髪を揺らした少女が立っていた。

 エルフのような耳。薄い衣をまとい、こちらを見つめていた。


「……あなたは……聖像師、ですか……?」


「へ?」


「その像……まさか、聖女ルミア様の御神体では……!?」


 彼女の視線は、俺が握るフィギュアに釘付けだった。

 そこに宿る“かわいさ”が、彼女の世界の価値観すら打ち砕く予兆を、俺はこの時まだ知らなかった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る