第32話 とある“一番目” その真相

 俺は校内に入った。懐中電灯すら持たずに入ったから何も見えないが、夜の学校に来るのはもはや慣れっこだ。

 手探りで階段を上る。二階に上がったことを確認したら、壁に手を当てながら片足が使えないことによるバランスの悪さをカバーする。


 すると前と同じように、視界が光に包まれた。いつでも夕日に照らされた放課後の教室、D組だ。


『……作成者についてはわかった?』


 杜島さんが現れ、そう言った。そういえば、さっきまではそれについて奔走していたことを思い出す。

 今日のイベントは盛りだくさんだ。秋川先生と校長先生が舌戦を繰り広げたり、姉の結婚相手に会ったり、親友が一度自殺して生まれ変わった人間だとわかったり。

 そして“これ”が、


「なあ、杜島さん。いったいどうするつもりだったんだ? 


「……いったい、何を言ってるんですか?」


 杜島さんは、いかにも『わけがわからない』という表情をみせる。だがその双眸が、わずかに細められた気がした。

 俺はもう何回目か分からないため息をついた。結局のところ、俺には問い詰めることしかできない。


「もうばれてるから、わざわざしらを切らなくてもいいんだぞ、杜島さん——いや、。お前が、『一番目』なんだろ?」


「……っ、どうし」


 目の前の幽霊少女はとっさに口を押えたが、外に出してしまった声は回収できない。

 それでも彼女は、俺が全くの勘違いをしているという風にする。


『何の話をしているんでしょうか。私は杜島ですし、先生のことは……』


「そっちがその気なら、俺もちゃんと根拠を出すぞ」


『…………』


「…………」

 

 にらみ合いが続く。

 どちらも初手を繰り出せない数分が過ぎ、折れたのは彼女の方だった。


『……どうして、わかったんですか』


 この瞬間、彼女は自分が杜島ではなく、菜々美であることを認めた。

 そう、菜々美さんは常に俺に『彼女は杜島さんだ』と誤認させていたのだ。


「まあ要因はいろいろあるが……3つある」


 俺はまるで犯人を追い詰める探偵のように、人差し指を立てた。


「まず1つ目は杜島——菜々美さんの失言だ。渡瀬について話した時、覚えてるか? お前は『30年ですからね。私だって実年齢五十過ぎですよ』って言ったんだが……わかるか? 30501617。それに、留年だって2年が限界だ」


『……女性の年齢なんて推測しないでくださいよ』


 なにやら反論もどきが聞こえたが、次に人差し指に加えて中指を立たせ、二の形を作る。


「そして二つ目……お前が最初に俺に会った時、騙すつもりなかっただろ? 俺が初めてここに来た時、俺はお前に後ろから声をかけられたよな。その時、俺は変だろ? 俺は身長170はあるのに、150ぐらいの奴に上から話しかけられるなんて。しかも幽霊は飛べないらしいしな。極めつけに、『手記』には『菜々美先生の身長は175センチ』とある」


 それに付け加えるなら、おそらく声は自分の声まんまだろう。初めにかけられた声と今の声は同じだし、音声データなんかが残っているわけがないと思ったのだろう。そうすると、渡瀬と菜々美さんの会話にも新たな構図が見えてくる。

 あの時渡瀬と菜々美さんは電話で、つまり顔を見ることなく話していた。だから電話の先にそのままの菜々美先生がいて、『先生』に叱られているような感覚だったはずだ。


 そして『──もしも先生があなたのところににいたら、間違いなく止めます』という言葉は、おそらく本心の吐露だったのだろう。『先生』というワードは一人称でも、三人称でも使える。『もし先生なら、残ってみんなを守るはずだから』も同様だ。


 そして、三つ目。『一番目』が誰かを、確かなものにする決定打。


「写真には──31


 クラスの集合写真に入るのは、なにも生徒だけではない。タイマー機能を使って生徒が撮るのだから、教師が入るのはなんらおかしいことではない。

 俺の頭の中に、『手記』のワンシーンが浮かび上がる。


『うん。三十人も収まるとやっぱりいいね。それでは、シャッターを押してから十秒で写真が撮られるので、それまでキープしてください』


 写真を撮っていた、鷹無という生徒の言葉だが、30

 さらに俺は『手記』の終盤の朝霧の言葉を思い出す。


『僕は始業式の日に撮った写真を見た。ここに写っているみんなのうち、まだ消えていないのは駿磨と僕の二人だけ。他の顔は、見ても全くわからない』


 これはつまり、だが、そんなことは雑誌にも噂にもなっていない。


 失踪時の日付がわかっていない渡瀬、野仲、那久良、杜島の四名ですら、。それに対して、それはもちろん──


 というのが、俺の推理だった。


「すごい、ですね……」


 菜々美さんは、敗北宣言とも取れる台詞を吐く。

 確かに、俺は真実にたどり着いたらしい。


 だが、まだわからないこともある。わざわざそんな大それたことをする理由だ。


 ──それは、本人に語ってもらうしかない。


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