第31話 とある作成者 その親友
(那久良視点)
「郷田。お前が、あの部屋を作ったのか?」
俺の問いに、郷田は肩をすくめて返した。
「それは……、肯定でいいんだよな」
ああ、と郷田は妙に達観した様子で言った。
何もかもを見透かされているような、余裕な口調。何を考えているのかわからない口元の笑み。そのすべてが肯定だった。
「それよりも、その足はどうしたんだ? 引きずってるみたいだが。そんな状態で走ってきたのか?」
「うるせえよ」
「いや、うるさくない。なんたって、那久良蒼汰は膝を壊して自分の選手生命がぷ釣りと途絶えたことに絶望し、自殺したんだからな」
俺は息を飲んだ。確かにあの『手記』にも那久良蒼汰がサッカー部だとはあったが、なるほど彼はそんな理由で自殺したのか。
「お前は、どこで俺がそうだと知ったんだ? 資料なんて残ってたのか?」
「ああ。お前が衝撃的な自殺をしてくれたおかげでな」
俺はかなりきつい皮肉を言ったつもりだったが、郷田は笑って受け流すだけだった。
「なんだ? まあ俺が自殺をしたのは俺の人生……二度にわたる人生の中でも最大の黒歴史だがよ、それを笑い飛ばせるくらいには俺はなってるつもりだぜ。それこそが、『成長』だろ? それに俺とお前は親友、だからな。まあこの一件でつぶれちまうかもしれないが」
「……あの現象は、お前には止められないのか」
無理だな、と郷田は即答した。
「俺はもう、あの部屋を管理する側じゃねえ。俺が成仏して転生するにあたって、最初に来た奴に全部を託した。引継ぎ作業は完璧だったし、だからこそこの部屋は、今の作用になってるんだ」
「なら——やっぱり俺が」
「違えよ」
俺は、はっと目を見開いた。
「俺が部屋を託したのは、那久良蒼汰じゃねえ。だからたとえお前に前世の記憶が残っていたとしても、お前があの部屋を直接操作するなんて出来っこねえよ」
俺は、目の前が真っ暗になった気がした。俺が今までたどってきた道——それが全て崩れたのだ。容疑者三人が、すべて容疑を否定されるなんて。これはいったいどこの推理ドラマだ。
「お前は、知ってるんじゃねえか」
「お前には、ちょっと言えねえな」
……!
気づくと俺は、郷田につかみかかっていた。アドレナリンでも出ているのか、足の痛みを忘れる。
「これは、もはや放置していいことじゃねえんだぞ! わかってるのか、次は隠し通せない。このままだと、また自殺者が出るかもしれねえし、それはもっと大騒ぎになる! もちろん、隠せればいいって話でもない。郷田、お前は自殺が黒歴史なんだろ!? 他の奴が自殺するのは見過ごせるっていうのか!?」
それでも郷田は、淡々と答える。
「ちょっとした約束でな。それに、お前なら——たぶん、解決できるぜ」
はあ? 前の発言と矛盾している。俺があの部屋をどうこうすることはできないのに、解決なんてできるはずがない。
「それなら、解決できないんだろうな」
「っつ、お前……!」
「——今大事なのは、解決可能かどうかじゃない。可能であることは間違いないんだからな。お前がわかっていなくても、俺はそう信じてる。だから、あとはその信頼に応えるだけでいいんだ」
…………。
俺の、郷田の襟をつかむ手が弱まった。そのまま手が離れる。
「ま、頑張れよ」
そう言って郷田は玄関ドアを閉める。駄目だ、あれが閉まる前に——
俺は、ギリギリのところで閉まるドアを止めた。
「なんだよ……」
「…………お前が過去に自殺していようが、前世の記憶を持っていようが、答えを簡単に教えてくれない意地悪な野郎だろうが、俺はお前の親友だ。それだけは、間違えるな」
『それに俺とお前は親友、だからな。まあこの一件でつぶれちまうかもしれないが』
……その言葉だけは、訂正させたかった。
「へっ、そりゃよかった」
郷田の不敵な笑みとともに、玄関ドアは閉じられた。
不思議と隔絶されたような感じはしなかった。
「あれ、蒼くんじゃないか。こんな夜遅くに出歩いているの?」
アドレナリンが切れた俺は、さっきよりもさらに痛む足を引きずって帰途についていた。その時、隣を通った車の窓が開き、そう声をかけられたのだ。
「ええっと……健人さんでしたっけ」
そこにいたのは、姉の結婚相手だった。少々古いように見えるものの、傷もへこみも一切ない車から、彼の几帳面さ、物持ちの良さがうかがえる。
「あれ、名前知ってるんだね」
ぐお、それは特大の皮肉だ。
「まあ、茫然としていたのかもしれないけれど……うん。僕の名前は——」
パラリラパラリラ、とタイミング良く(?)暴走族が通り過ぎた。
「うん……やっぱりいいや」
もはや作為すら感じるほどの名前かき消しに、またも健人さんは名乗りをあきらめた。
「それで、何してたの? もうこんな時間だよ」
健人さんはそう言って手元の腕時計を見せてくれた。すでに、くじになりそうにまでなっていた。足を怪我しているから動きがやはり
「別に……ちょっと友達と喧嘩してただけです」
「おお、青春だね。懐かしい懐かしい。やっぱり男の友情って、喧嘩の上に成り立ってる感じがする。いやあ、いいものだ」
健人さんの妙にじじくさいセリフに、俺は苦笑いを返した。
「ぱっとみ足を怪我してるみたいだけど、家まで送ろうか?」
「ええっと、学校に自転車があるのでそれも拾いたいです」
自転車を車に乗せるのは面倒な作業で、しかも俺は怪我をしている。あきらかに苦労が多くなるだろうに、健人さんはその労を取ってくれた。
「まあ喧嘩もいいけど、ちゃんと勉強しないと僕みたいになっちゃうよ」
「……自虐的ですね」
はっはー、と健人さんは誤魔化し笑い。対して俺は苦笑だ。
「よし、そろそろ大丈夫かな。僕の名前は──」
パァァァァァァァ、と車のクラクションが鳴った。
「…………」
「…………」
いや、なんでなん?
「よし、それじゃあこうしよう。君が僕の名前を当てるようにしたら、邪魔は入らないはず!」
いやいや、おかしいおかしい。
でもノリノリの健人さんのテンションを邪険にするのもどうかと思ったので、答えるようにした。
……そういえば、姉が一度『回文の姉を楽しみにしてて』って言ったことがあった。『奈々』が回文になるような苗字と言えば……
「七海健人とかですか? 呪術廻戦に出てきそうな名前ですね」
「お、正解。七海建人も、よく言われるね。ただ、字が違うけど。僕のは美しい菜葉で菜々美だから」
……菜々美? それはまさか……菜々美佳代の……
その瞬間、俺の頭の中で一つの言葉が反響した。
『──もしも先生があなたのところににいたら、間違いなく止めます』
あの言葉の意味は……!
俺は狭い車中に、ただ座っていることができなくなった。幸い、学校にはちょうど着いたところだった。
俺は駐車するや否やドアを開け、車の中に常備されていると思われる傘をパクって杖代わりにし、さっき来たばかりの学校へと急いだ。後ろから制止するような声が聞こえたが、俺は無視した。
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