第30話 とある作成者 その心中

(郷田視点)


 ◇◆◇


 俺には、過去の──前世の記憶がある。いや、こう言うとまるで『俺』と『前世の俺』が無関係のように聞こえてしまうから、少し言い方を変えよう。

 俺は生まれ変わっても、それ以前の記憶を保持していた。ただし、たった一代のみだったが。


 俺が生きていた時代は、1970年台から80年台にかけてと言ったところだろうか。その頃はまだ、『いじめ』という言葉はクローズアップされてまもない頃だった。ましてや当時今よりも田舎だった梨能市では、村八分のようなことすら簡単に起こっていた。


 ところで俺の母親は、シングルマザーだった。だが、単純に離婚や死別をしたわけではなく、ちょっとしたいざこざがあったそうだ。


 俺の父親は、どこか都会の名家の出で、とある店で水商売をやっていた母と出会った。差別的な思想が叩かれ、ポリコレ汚染という言葉まである『今』ですら、この職業に理解のある人は少ないのだ。それコンプラのコの字もない時代に2が結婚しようとしたら、実家からの反対に会うのはもはや当然だった。まあ要するに、ありがちな話だ。いろんな小説に出てくる、使い古されているアンチシンデレラストーリー。


 どんな争いがあったのかは、俺は知らない。俺が知っているのは、母がここ梨能市に逃げてきたということだけだ。


 そして母は、ここでもあまりいい目に遭わなかった。

 田舎は、基本閉鎖的にできている。『馴染み』や『伝統』を重んじ、『変化』と『革新』を嫌う。それはたかだか住人が増える程度のことにさえ、発揮される。


 元々の住民からの、俺たちへの風当たりはとんでもなく強かった。回覧板が回ってこなかったり、町内会に参加させてくれないなんてのはまだいい方で、家のまえにこれみよがしにゴミが捨ててあったり、それをゴミ捨て場にすてても回収してもらえなかったり。


 まだ子供だった俺は、そんな悪意が自分に向けられているということに、全く気づいていなかったんだけどな。


 でも俺も、小学生から中学生になった頃にはとっくに気づいていたし、高校生になった時にはもはや諦めていた。もう、どうにもならないんだなって。

 だから俺は、学校の屋上から身を投げた。


 死んだ後があるってことを知ったのは、死んでから三日ぐらい経ってからだった。俺は地面に落ちたショックで、幽霊でありながら意識を失っていた。


 俺は、正直複雑な気持ちだった。自殺した──自分を殺したというのは正直最低な気分だが、『これで終われた』という気持ちもあった。


 そこで俺は、人間の汚さを目撃した。

 俺はなんの気無しに、自分がいたクラスを除いてみた。俺がいなくなってさぞクラスの風通しが良くなっていることだろうと、皮肉の一つでも言ってやろうと思って除いたのに──そこでは、変わらず別のやつがいじめられていた。


 結局のところ、クラスの奴らには誰がどうであろうと、自分たちの気が紛れればそれでよかったんだ。だから俺がいなくなったところで、サンドバッグが一台壊れたくらいにしか思っていない。


 吐き気がした。


 だから俺は、『逃げ場所』を作った。誰かがこの不条理な世界から逃げ出したいと思った時に、一時的とはいえ身を隠せる場所を。


 作るのは案外簡単だった。幻覚や暗示とは少し違うが、それを拡張するとできるらしい。詳しい理論はよくわからないから、死神にでも聞きたいところだ。

 こうして俺はこんなふうに『部屋』を作ったわけだが、使うようなやつはほとんど出なかった。たまに入り込む奴もいたが、俺が幽霊なのは隠し通せない事実。心霊現象だと思ってすぐに出て行く奴らばっかりだ。


 まあ。心霊現象に違いないんだけどな。


 そんなふうに10年が経過した。外の世界はどんどんと発展して行くから、暇になることはなかった。


 そして10年ののち、俺はと出会った。


 いや、普通考えないだろ? 俺みたいに飛び降りて、そして死んだ後にここに逃げ込むなんて。生きてるうちに逃げ込んで欲しかった俺は、正直落胆した。だが、あいつにも結構な事情があったみたいだった。


 そしてあいつは、を望んだ。どうにも気持ちが俺よりも強かったようで、部屋はそんなふうに作り変えられてしまった。


 そしてすぐに、あんなことになるとは思っていなかった。


 部屋には『逃げたい』という感情を敏感に察知し、中に入らせようとする作用が生まれた。そして一体どんな抑圧を受けていたのか……クラス全員がやってきた。


 もしかしたら、俺が自殺したことで学校での締め付けがより強くなっているのかも知れないなとは思っていたが、これは想定外だった。


 すぐに部屋はいっぱいになり、逃げ込む作用も実に中途半端になった。


 そしてまた何年か経った時だろうか。俺は『死神』に出会った。

 迷える魂を回収しているそうだが、回収されるされないはある程度自分の意思で決めていいと言っていた。なんでも、未練を取り除くことが大事だそうで。


 その時に聞いたんだが、もしもとてつもなく強い意志で『生きたい』と思い転生したら、前世の記憶を保持することがあるのだそうだ。まあ、その結果が俺だ。俺はまた『俺』として、まともな人生を歩みたかった。

 まあ、そう願わなくても魂は再利用されるから、自然とえにしのある肉体に落ち着くらしいがな。


 俺はそのころには、生きてる奴らが羨ましくなったんだ。だからに部屋の全部をたくし、俺は成仏した。


 そして俺は生まれ変わったわけだが、本当に成功するとは思っていなかった。だがそれよりも俺を驚かせたのは、俺の名前と容姿だった。

 どうやら母ではなく父方の子供が梨能市にやってきて、ここで暮らしたらしい。母はその時、もうここにいなかった。


 俺は嬉しかった。前世と全く同じ容姿、名前というのはそれはそれでつまらないが、慣れ親しんでいたのもあって楽だった。


 俺は前世で学んだことはできるだけださず、普通の子供であることを装った。『神童』だなんだと騒がれるのも嫌だったしな。


 そして俺は、那久良と出会った。

 流石の俺も驚いたぜ。あんなにも前世にそっくりなんだから、何が何だか。

 だが、その前世のことは覚えていなかったようで、こう生まれ変わったのはひとえに『えにし』のなせる技なのか。


 俺はすぐに友達になった。


 2年生になって、あいつが『あの部屋』に首を突っ込むことになるとは思ってもいなかった。だが、俺はあえて何も言わなかった。今の俺にはあの部屋をどうにかする力はないし、俺がどうこう言える問題じゃなかった。


 でもまあ、あんなメンヘラ野郎とかかわることになるって知ってたら、ちょっとは止めてたかもな。




 ──とまあ、


 、俺の目の前には那久良がいた。汗をかいているが足を引きずっていることから、怪我をしてもなんとかここまできた、という感じか。


 俺は玄関ドアの内側。そしてあいつは、家の外。ドアを開き、互いに向き合っていた。


 那久良が、口を開いた。


「郷田。お前が、あの部屋を作ったのか?」


 俺は肩をすくめた。なんだか、そう聞かれるのは必然だとさえ思っていた。

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