第26話 とある作成者 その行方

 女子に腕を掴まれてその胸に手を押し付けられるという、普段ならどんなラッキースケベだよと言いたくなるような状況。だが俺は全く意味が分からず、バグったパソコンのように固まっていた。


『どうですか、感じますか』


 何をだよ!



 目が、覚めた気がした。俺の手には制服越しの胸の感触は確かにあるが、心臓の鼓動は全く感じられなかった。


『反対の手で、自分の胸に手を当ててみてください』


 俺は言われるがままに手を当てる。すると普段よりもやや早いペースで、俺の心臓は動いていた。


『それが、生きている証拠です。まあ、完全な証拠には至らないんでしょうが……』


 彼女は自信なさげに言う。

 確かに、これにもまだまだ反論が可能だ。俺は生身の人間にとり憑いているから、動く心臓を持っているだけなのかもしれない。

 でも、と杜島さんは続ける。


『そもそも、気にすることなんてありません。たとえ那久良くんが幽霊だったとしても————那久良くんは那久良くんなんですよ。』生きていることには変わりがないんです』


「で、でも『部屋』を閉じるには……」


『それはまあ、どうにかしましょう。ほかにも方法はあるはずです。それに、今の那久良くんが何とかしようとしても、これはどうにもできないと思います』


 どういうこと? と俺は首を傾げた。


『これはただの私の勝手な予想なんですけれど……きっと、あの日誌はあの時のB組縁がある人だけが、かろうじて読むことができる。それくらいに隠されたものだと思います』


「けど、俺の姉は読めなかったぞ? 縁が血縁ってなら……」


『那久良くんって……


 ──輪廻、転生? ラノベでよくある異世界転生の一種か?


『これも仏教の考えが強く根ざしているんですが……人は何度も生まれ変わっては死んで、色々な人間になるというものです』


 つまり……


「杜島さんは、、って言いたいのか?」


 そういうことです、と彼女は人差し指を得意げに立てた。


『これはまあ、前の人から聞いた話なんですけど、輪廻転生──少なくともこの国で起こっているもの──では、生前の自分や家族に血縁がある人間に、生まれかわりやすいとのことです』


「この国では?」


『その人が言うには、宗教観などによってあの世が区切られているらしくて──日本では、みんなあの世と聞けば閻魔様が出てきますよね。だから、日本ではそうなっていて──血縁に生まれ変わりやすいというシステムは、実際に日本のあの世観には含まれていないらしいですけど、実際に運用するときの都合、だとか。ちなみになんでその人が知っているかというと、一度お迎えに来た死神に聞いたそうです』


 どーゆーストーリーだよ、本当に。そんな体験をする奴なんているのか……

 

 あれ? と俺は思った。


 …………


「前の人って、誰だ?」


 クラスメイトを呼ぶ時にそんなふうに呼ぶことはないだろうし、一体誰のことなのか。


『あ、それですか。


 至極当然のように、杜島さんは答えた。


「ふーん、最初に作った人か」


『そうです。今はもうどこに行ったかわかりませんが、ここに来てすぐの頃、会ったことがあります』


 なるほどなるほど、『D組』を作ったって噂の、いじめの被害にあった生徒か。たしかに『前の人』と呼ぶにはふさわしい人間だ。

 そんな間抜けなモノローグを頭の中で繰り広げた瞬間、俺は気づいた。


 ──最初にあの部屋を作った人なら、この部屋を閉じることが出来るんじゃ?


「なあ、最初にあの部屋を作った人の名前とか、特徴ってわかるか?」


 俺は杜島さんに、新たな手口を見つけた興奮を抑えつけて聞いた。


『名前は……聞いてないですね。私よりももっと早く、今から40年くらい前に死んだ方だというのは聞いているんですけれど……あ、彼を探す気ですね』


 40 嘘だろ!?


 俺はここにきて、新たな情報がはっきりと結びついたのを感じた。


 ──


 俺は校内で不審な動きをする校長先生を見たこと、そして校長先生が『40年前』と言っていたことを伝えた。杜島さんは、ひどく驚いたような顔をしていた。


『でもそのお話を聞く限り、なかなか強硬な手段に出ようとしていませんか? その校長先生』


「ああ、だろうな……」


 そもそも資料を夜中に漁るというあたりが、もはや後ろめたいところがあることを示している。それに、もしも幽霊が見えて、話し合いをする余地があったとしても……


「自分の人生がかかっているからな。間違いなく、力ずくでやろうとするだろう」


 ……そういえば、部屋を作った人──長いな。これからは便宜上『作成者』にしよう。


 『作成者』は、なぜ忘れられていないのだろうか? 一番最初にあの部屋に入ったのだから、そもそも存在したことすら忘れられていても不思議ではないのに。


『それは……たぶん、忘れさせる機能は後付けなんですよ。おそらく那久良くんがそのシステムを作って……それで』


 なるほどな、なら、今すぐにでも行動に移ろう。


『でも、どうするつもりなんですか? そもそも40年前のことを知っている先生なんて──』


「1人いるぞ。──この学校の生き字引と言われる、何十年もの間図書室で司書を務めてきた最古参キャラ。秋山先生だ」


 俺は自信満々に、そう言った。

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