第24話 とある日誌 その秘密

「それじゃあ、俺たちはこれで帰るな」


 俺は葉月と和綺にそう言い、いつもの通りに夕暮れの廊下から深夜の廊下へと移動した。


 ふと隣を見ると、郷田もいた。三秒ほど郷田はぼーっ、としてから動き出した。出るのに少々手間取ったのだろうか?


「ちょっと遅かったな。大丈夫か」


「ん? ああ、大丈夫大丈夫」


 ややわざとらしく、郷田は手を振る。


「もしかして……あの手にビビったのか?」


「び、ビビってねえし!」


 なんとわかりやすいのか。これだから郷田は憎めない。

 でも俺も正直は怖かった。複数の幽霊が、何か『一つの意思のようなもの』のもとに自分の意思がまるでないように蠢く。まるでそれが『部屋の意思だ』と言わんばかりの生徒たちは、まとまって一つの怪物のように見えた。


「それはそうと、本当になんか変なことに首突っ込んでるみたいじゃねえかよ。まさかお前が『D組』なんぞに関わってるなんて……」


 はあ、と郷田は頭を掻く。その仕草はどことなく不満げだ。


「なんでも1人で背負い込むのはお前の悪い癖だ。俺に相談してくれてもよかっただろうに……」


「悪かったって……そもそも、こんな突飛すぎる話を本気で信じてくれるとは到底思えなかったから……まあ、郷田を上手いこと利用する形になっちまった。わるかったよ」


 わかればいいんだ、と定番のセリフ。


「ところで、何を取りに来たんだ?」


「そりゃもちろん、配られたけど忘れた宿題…………!」


 あ、と俺は手元の腕時計を見た。郷田の家は、ここから少し遠い。家に着く頃にはすでに七時半を回っていることだろう。


「お、俺は先にいくぜ! じゃ、じゃあな!」


 郷田は試合の時よりも爆速で、廊下を走り去っていった。


 さて、俺も帰るか。

 俺はわずかな月明かりのみを頼りに、廊下を進んで一階へと降りる。

 そういえば、ここの廊下は職員室に面しているのか、と言うことに今気づいた。さすがに今も残っている人はいないだろうけれど……見つからないかヒヤヒヤする。

 俺は職員室の扉をまじまじと見た。すると、


 ……?!


 俺は目を疑った。中から、わずかに光が漏れている。部屋の電気を丸ごとつけたような明かりではなく、懐中電灯のような比較的小さなものだ。

 まるで、誰にも気づかれたくないように。


 一体何だ? まさか、不審者でも侵入したのか?

 

 俺は扉に音をなくして近づき、耳を押し当てた。すると、書類を漁るような音が聞こえてきた。


 なんだ? JKしか愛せない変態が、生徒の資料でも漁りにきたのか?


 それは冗談としても、学校の職員室というのは個人情報の宝庫だ。このままだと、一体何に悪用されることか……。


『……くそ、さすがに40年前の資料は残っていないか……』


 ふと、悪態をついた声が聞こえた。たしかそういう古いものは職員室ではなく、図書室の資料保管室あたりにあるはずだ。

 それよりなんだ? 妙に聞き覚えがある声だ。


 また話し出す気配があったので、俺はまた意識を耳へと移す。


『あれを見つけないと、この現象は終わらないかもしれない……いや、見つけても私が終わる……。できるだけ内密に処理し、すぐに処分しないと……』


 『現象』……まさか失踪事件のことか?

 いや、間違いなくそうだろう。今になってそれが再発して、しかも事件自体が忘れられづらくなっている。もしまた失踪者が出れば、次は心霊現象の力を持ってしても隠し通せず『自殺事件』として扱われるだろうと、部屋についてよく知っている杜島さんも言っていた。


 もしも自殺事件が起これば、この学校の教師の大半はその責任を追及されるかもしれない。この学校は地域密着型、親がキレると碌なことにならないというデメリットが大いに発揮されてしまうだろう。もしも、学校が潰れると被害を被る会社などがあるとすれば……


 そういえば、40 30年前じゃないのか?

 杜島さんたちが失踪したのは、30年前で間違いない。その証拠も、有り余るほどにある。

 いったい、中にいる不審者は何をしようとしているんだ?


 謎は深まるばかりだったが、その時、『次は資料保管室だな』という声が聞こえた。俺はバレないように近くの廊下の角まで音を消して逃げ、遠目にそれを見た。


 職員室の扉がガラガラ、と開き、中から1人の男が出てきた。その手には懐中電灯が握られており────っ!


 その顔が見えた時、俺は思わず叫びそうになった。


 なんとその不審者は、


 校長!? 確かに最も被害を被るのは校長だろうが……

 そういえば、校長先生は今65歳。創立者の息子の特権なのか、定年をほぼ無視して働いている。

 そして校長先生は、つまり、40年前にはもう働いていた。


 いったい、当時何が起こったのだろうか。俺は未消化の疑問を腹に溜め込みながら、帰途についた。




 次の日。俺はまた沼田さんと話す機会があった。新たに起きた2人目、3人目の失踪事件、それを取材しようとしたのだ。



「それでどう? 学校の様子はどう?」


「……多種多様な噂が絶えない状況ですね。根拠があるものは皆無で、どこの誰が考えたのかわからない『真相』がまことしやかに囁かれてるって感じです」


 まあ、そうだろうねと沼田さんは笑った。


「その年代の高校生って、変化に飢えているからね。一度不思議なことが身の回りで起きて、しかもそれが全く身に覚えのない──被害者すら忘れてしまって不謹慎だとすら感じられなくなる事件──だったら、噂話で盛り上がるってのは至極当然だよ」


 それはまあ、理解しているのだが……


 たまに、失踪した人をひどく悪く言うような噂も流れてくる。その生徒は全員犯罪者で、呪われているとか。

 生徒たちを1人の生きていた人間として捉えて、それで色々と調べている俺にはなかなか嫌な話だった。


「なるほど、証言にいろいろな意見が混ざるのは、記事として喜ばしいね」


 一度インタビューが終わったところで、俺は声をひそめて秘密だと言わんばかりに強調してから、沼田さんに言った。


「──ところで昨日、不審者に会ったんです」


 不審者? と沼田さんは聞き返した。


「はい。とある理由から深夜の学校に忍び込んだんですが……」


「君の方がよっぽど不審者じゃないか、那久良くん」


 そういうツッコミは置いておいて、


「そうじゃないんですよ。職員室の近くを通りかかった時、中から懐中電灯の光が漏れていたんです。しかも中から聞こえる声からすると、40の資料を探している様子でした。しかも『あの現象』という意味深な言葉を使っていました」


 うーん、確かに気になるね。と沼田さんは感想を言った。


「40年前だろう? あの『失踪事件』が起きたのは30年前……つまり、


「それはわからないですね。だって、それが不審者の思い込みかもしれませんし……」


 しかも、と俺れは続ける。


「俺も驚いたんですが……その不審者は、うちの学校の校長──いや、理事長っていう言い方が正しいんでしょうけど、とにかく校長先生でした」


 これには沼田さんも驚いたようで、「それだけで一記事書けるじゃないか!」と声を上げた。


「まあ、40年前のことは一旦保留でいいかな。どうせ、そんな資料もほとんど残っていないだろうし」


 そうですね、と俺は言った。


「あの『手記』にも、30年前のことしか書かれていませんでしたし……」


 すると、なぜか沼田さんは怪訝そうな表情を浮かべる。


「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど、その『手記』って、君が前僕に見せたノートのことかい?」


「はい、そうですよ」


 何を確認することがあるのか、よくわからない。記録が残っていたなら確認すべきだろうが、残っていないのなら──


「あの日誌は写真以外……全て白紙だったはずだ」


 俺は息を呑んだ。

 頭の中が、真っ白になった。

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