第23話 とある幽霊少女6

「──郷田っ! お前、何でここに!?」


「何でって言われても……忘れ物を取りに来たら、急に変なところに来たんだが。それよりも、」


 と彼は執月を指差す。


「お前、誰だよ。女の子の首を絞めあげるなんて、男の風上にも置けない奴だな」


『う、うるさい! お前に何がわかるって言うんだ!』


 執月はそんなことを言われるなんて思ってもいなかったのか、意表をつかれた様子で、そして憤慨した様子で言った。それと同時に葉月さんから手が離れた。

 俺は彼女の手を引いて執月から距離を取った。


「なあ那久良。ここはどこで、こいつは何なんだ? 俺全く状況が理解できてないんだけど」


「ここは『幻のD組』と『消えたB組』に関係のある場所だ。そして、こいつは今さっき首を絞められていたやつの彼氏のメンヘラだ。彼女と無理心中して、死後30年経ってもこんなふうに付き纏ってる」


 へぇ、と郷田は息を漏らした。普段の豪快で快活な様子とは打って変わって、心の中で怒りが火が上がっているような……


「お前、最低だな。自殺くらい1人でしろよ」


『ふん、高校生なんかに僕の純愛がわかるはずがないよ』


 執月は顔を赤くしつつも、郷田の挑発に耐えている。


「あぁ? 私利私欲のために動くだけの殺人犯に、純愛なんて言葉を語る権利があるとでも思ってるのかよ。だとしたらお前は、相当な阿呆だぜ」


『なにをっ』


「うるせえ。そもそも俺は、自殺が嫌いだ。自分に絶望して首括るやつも、目の前のことから逃げようと身を投げるやつも、『次はうまくやろう』なんて言って洗剤を飲むやつも、大っ嫌いなんだよ。しかもお前は何だ? 自分の好きな人をわざわざ死なせるなんて、普通は『俺がいなくても、幸せになってほしい』とか言うところだろうがよぉ! お前はな、自分のことだけを考えて、自分の死が周りにどういう影響を及ぼすかもわかった上で、それを最大限に高めようとしたんだ。それがどれだけ悪質なことか、お前わかってんのか!」


 ぎりり、とはを噛む音が聞こえた。それが郷田から発せられたものなのか、それとも執月から発せられたものなのかは、まったくわからなかった。


『うるさいうるさいうるさい! なんでみんな僕のことをわかってくれないんだ! 僕は、僕は……なんで、みんな僕のことを愛そうとしないんだ!!』


「簡単だろ。お前の『好き』は『愛してる』じゃなくて『愛して』なんだよ。自分からは愛を渡しているように見せかけてそんな自己陶酔に浸って、ただただ『愛』なんてものを求めるばかり。求めることしかできねえ底抜けのバケツに、愛情なんて溜まるわけねえだろ!」


 郷田、お前はいったい何歳なんだと言いたくなるような言葉の弾幕だ。俺は郷田が恋愛や生命感において一本の強い芯を持っていることは知っていたが(それゆえの俺の姉への一途さか)メンヘラを打ち負かすほどの力まで持っているなんて。


『う……ああ……』


 もはやゾンビのように呻くことしかできなくなった執月を全く無視し、俺と葉月のところに来た。


「それで、こんな楽しそうなことをしてたんだ?」


 なかなか盛大な皮肉だった。

 俺はとりあえず色々と脚色と加工をしまくった話を聞かせた。もちろん、全ての責任は執月に押し付けてだ。


「なるほど、B組の事件について調べていたら、彼女が当たってきたと。それで、ここに案内されて利用された……お前、ほんと面倒ごとばっかしてるよな」


 郷田はそう言って頷いた。割と口から出まかせだったが、信じてくれたようでよかった。


「それはさておき、」


『許さない』


 グッッ!?


 俺は急に、首を絞められた。なんとか後ろが視界に入るようにすると、そこには顔に冷や汗の滝を作った執月がいた。


「くそっ、この後に及んでまだ」


『ねえ、僕が正しいんでしょう? だって僕は彼女のことを愛していたから』


 そうに決まってる、と執月は不気味な低音で囁く。


『だってそうじゃないとおかしいから。僕はいつも正しいんだ。お前たちの言うことなんて知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない……』


 執月は狂ったbotのようにうわ言を繰り返した。


『もう、なんでもいいや。葉月を連れて、どこか遠くに逃げよう。そうだ、いっそのこと地獄の奥にでも……ハハハハハッッ!』


 狂ったように笑う執月。

 だが、その笑いはすぐに凍りついた。


『……は?』


 彼の体は、無数の手によって掴まれていた。それぞれの手にはうっすらと胴体や顔がついているのが見えるが、ほとんど見えない。ただ、混声四部合唱のように妙に澄んだ言葉が紡がれていった。


『ねえ、逃げるなら僕たちのところにおいでよ。全部、この部屋に任せればいいんだ』


 彼の体が、『D組』の方へと引き摺られていく。それは働き蟻が死んだ虫の死体を少しずつ剥ぎ取り、群がって巣へと運んでいく光景にどことなく似ていた。


『は、何を──い、嫌だ! やめろ! 止まれよおい! 止まれって言ってるんだ、早く手を離せ! 聞いてるのか! はやくやめてくr』


 もごもご、と詰まったような音が執月の喉で鳴った。その口は、七本の腕によって押さえつけられていた。


『む、がが、があああああああああああああ!』


 執月の姿が腕に囲まれて見えなくなるのと同時に、彼らの全ては教室の中に入った。そして、ドアはぴたりと閉じられた。

 廊下には、また静寂が戻った。




 1分ほど経って、教室から杜島さんが出てきた。


『彼の意識は、全て消えたみたいです。……生まれ変わりとかも何もなしに、本当に死にました』


 彼女はなかなか冷たい口調で言ったが、執月が可哀想だとは思わなかった。

 全て、あいつの自業自得だろう。


 そういえば、と俺は葉月と和綺の方を見た。和綺は30年間も暗示をかけられた後遺症なのか、まだ意識が朦朧としているようだ。だが目はしっかりと開いており、なんとか声も出せる。


『……ぅーん、お姉ちゃん……』


『和綺っていうんだったかしら。残念だけど……私はあなたのことが、わからないのよ』


『……あんな部屋に、逃げちゃったからかなぁ』


 和綺は自分が忘れられていたことなんて意にもせず、やや自虐的に笑う。


「その部屋のことで、質問なんだが」


 俺は、ここぞとばかりに切り出した。

 葉月が『今は教えられない』と言ったのは、和綺がまだ葉月として存在していたからだろう。だから、俺が質問するべきは和綺の方だ。


『ん? 那久良くん……』


「多分親族だと思うんどな……その那久良は、お前が『部屋』に行った時にはもう居たのか?」


 おい、どういうことだよと郷田が背中を突いてくるが、とりあえず無視する。


『ええっと……もういたかな。……うん、私より先にいた』


「おお、ありがとな」


 よし、と俺は小さくガッツポーズを決めた。


 これで、『最初の1人』が確定した。

 



 ──那久良蒼汰。

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