第20話 とある幽霊少女3
俺は野仲とどのような会話をしたのか、彼女が何を望んでいるのかなどを話した。
『それで相談なんだが……前にお前、”暗示をかけるくらいなら現実でも干渉できますけど”って言ってたよな。あれは、現実じゃなければ干渉できるってことなのか?』
現実じゃない場所——例えば夢の中だろうか。夢に関する妖怪は、
『夢の中、っていうのもありますけれど、簡単に干渉することはできませんね。ただの機械に過ぎないスマートフォンとは違って、人間には”魂”があるので。ただ私の言った”現実ではない場所”は……いわゆる異空間みたいなものです。例えばあのD組では、私は大抵のものに干渉できます。だから私は、あの時那久良くんの腕をつかむことができました』
『それじゃあ、現実でほかの霊に干渉することはできるのか?』
『できますよ。だから話を聞く限り……野仲さんはメンヘラ彼氏のことを攻撃して、二度と姉に近寄らないように痛めつけるんじゃないでしょうか……』
なるほど……
俺の中で今得た情報が形を成し、いくつかの作戦案として浮かび上がる。
いや、まだダメだな。相手の情報がなさすぎる。つまり──
「尾行か……」
ふとこぼれた誤解されかねない落胆は、幸い誰にも聞かれることはなかった。
ある日の夕方。田舎の梨能市にしては発展している通りで2人の男女が、肩を並べて歩いている。周りの喧騒はより一層姿を強めてきており、通行人も多いが、まるですり抜けるかのように──いや、彼らは本当にすり抜けて歩いている。
「……よし、見つけた」
俺はひっそりと呟いた。間違っても視線の先の男女に聞こえないように。
──すげえ似てるな。
俺は女性の方を見て、真っ先にそう思った。あれが野仲葉月か。
雰囲気、顔立ち、体格などがよく似ている。もちろん異なる点もいくつか見つけられるが、姉妹揃って並べば双子のように見えることだろう。
それに対して、男性の方は当然だが見たことのない顔だ。身長は男性の中でも高く、190cmほどか。無造作に整えられた栗毛が、ホストのようなイケメンを引き立てている。
いつもの俺ならこんな光景を見たら『ケッ、墓場にでも逝ってイチャイチャでもしてろ』と無言で呪詛をばら撒くところだが、DVや無理心中なんてワードを聞いた今では全く笑えない。
俺は人の波を抜けて、2人の真後ろについた。これが生身の人間に対する尾行なら3秒で気づかれて大失敗だが、相手は幽霊。そもそも自分たちが生者に見られていると言う可能性を想定しているはずがない。
ああ、そうか。だから野仲和綺は俺に監視を頼んだのか。彼女は俺と違って、顔が割れているから。
『ねえ、次はどこに行こうか』
目の前の男の幽霊が喋った。野仲和綺からの情報によると、彼は
名は体を表すとは言うけれど……『執着』か。嫌な言葉だ。
『……どこでも。好きなように』
女性の幽霊──葉月が遠慮がちに口を開いた。
『照れちゃってるのかな……それじゃあ、また映画でも見に行こう。ちょっと前、面白そうなのを見つけたんだ。誓約のネバーランド、とかそんな感じの……』
普通の会話に聞こえるが……何か嫌な感じがする。何というか、微妙に2人の心の位置がずれているような、そんな感じ。
『あ、あそこの劇場かな。行こう』
執月は、葉月の腕を取って歩幅を広げた。
俺はその時、2人の目からハイライトが消えているように見えた。だがその消え方は2人で異なり、執月の方は相手のことを見透かすような冷徹な目で、葉月の方は……感情が死んでしまったような目だった。“レイプ目”という言葉があるが、それが最もしっくりくる。
……どう見ても、あれはまともな関係じゃねえよな。
俺は一度距離を取り、自分を追って同じ映画を見に来たと執月に思われないように時間を空けて映画館に入った。席は適当に後ろの方をとった。さて、いったいあいつらはどこにいるのか……
これでしばらく休憩か、と思って席を確認してみると……
おいおいまじかよ。隣は聞いてないって……
頼む、だれかこいつらがいる席に座ってくれ! そうしたら幽霊だからと勝手に映画を見ようとしている執月はどっか行くから!
その思いが果たしてどんなふうに届いたのか、葉月がいるところに超絶にだらしない体型の汗臭い男が座った。驚いたように執月は葉月の手を取って立ち上がる。
『……なんだか嫌な気分だな』
そう執月が言った時、葉月は一瞬怯えるように体を揺らした気がした。
『うん、映画はやめにしようか。口答えはまあ……しないよね?』
有無を言わせず、執月は葉月を連れていった。
彼がメンヘラだのDV彼氏だの言われている理由片鱗を、今目の当たりにしたような気がした。
俺は彼らを追いかけ外にでて、また尾行を再開しようとした。するとその時──
『調子はどうかしら』
野仲和綺だった。
「うぎゃあ!」
ってまずい! 今そんな大声出したら、間違いなく和綺がいることがバレる!
すると、俺の視界の端に、黄色と黒で塗り分けされた大きな昆虫がいるのを見つけた。
し、しめた!
「ス、スズメバチだ!」
俺の悲鳴のような声で、周りにいる人たちは逃げ惑うようにパニックになり始めた。これで俺に悲鳴は誤魔化せるし、何よりパニックになった人たちで身を隠せる。
俺はパニックの裏で、密かに路地裏に入った。
「おい、急に何しに来たんだよ!」
俺は語気を強めて、かつ周りに聞こえないよう小さな声で言った。
『まあ、バレてしまいそうになったことは謝るわ。ちょっと、どんな様子か気になったのよ。あんな光景を目にして、あなたがどう感じているのかとかね』
和樹の顔に終始浮かんでいた笑みが、この一瞬のみ消えた。底知れぬ何かを感じ、俺は一瞬体を震わせる。
『それはともかく、もうどこかに行っちゃうわね。早く尾行を再開しないと』
いや誰のせいだよ。
『誰かのせいで、騒ぎができてより引き離されやすくなったし』
誰のせいだよ!
『……あ、私の靴紐がほどけてる。久しぶりね』
そして彼女は、マイペースなことに靴紐を結び出した。
いや、尾行する気あるのかよ!
……ん? なんか変な結び方だ。俺は彼女の靴を見て思った。蝶結びでも、片結びでもない、全く見たことのない結び方──。
『よし、行くわよ』
彼女はこちらを身もせずに立ち上がり、路地裏から大通りへと出ようとする。呆れるほどマイペースな彼女を見て、俺は肩を落として手で目を覆った。
『それじゃあ……あ……』
その時、不自然に彼女の声が固まった。つられてそちらを見てしまうと……
執月が、そこに立っていた。
目が、合ってしまった。
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