第19話 とある幽霊少女2

 今度は姉の──DVの復讐と来たか。どうも三十年も思いを募らせるというのは危険らしい。

 憧れの存在が無理心中させられ、しかもその相手が死後三十年経っても付き纏っていると知ったら、ぶちのめしてやりたくのは当然だ。


『それで、この“お願い”。引き受けてくれる?』


 野仲和綺は、改まってそう言った。


「俺はそれでもいいが……そんなことをする手立てがないだろ。幽霊相手に、復讐も何もないと思うが……」


 話の信憑性は置いておいて、俺がそれを手伝いたいと思ったのは事実だ。相手はもう死んでいる人間だし、男のメンヘラに需要なんて一切ない。むしろ同じ男として恥ずかしいくらいだ。

 だが、俺は杜島さんに出会ったからかそれとも『日誌』を見つけたからか、幽霊が見えるようにはなってはいるが、お祓いの能力に目覚めたわけでも退魔の聖水を持っているわけでもない。


『そこはまあ……幽霊の私がどうにかするわよ。流石にそこまで任せたら、誰の復讐かわからなくなっちゃうものね。あなたにはあの男について調べて、うまく復讐の場をセッティングしてくれたらそれでいいから』


 つまり今回の俺の役割は、情報収集と幽霊少女のプロデューサーか。


「ああ、いいぞ。ただその前に……一つ教えてほしいんだ。お前がはじめにあの『部屋』に来た時、お前以外の生徒はいたのか? 30年も前だから覚えていないかもしれないが、これは最も大事なことなんだ」


 もし彼女が『一番目』ならば、俺は何としてでも彼女の未練を取り払う必要があるだろう。そうしてやっと、『部屋を閉じる』ということを頼めるというものだ。


『ふーん…………そうね。今は、言うことができないわ』


 今は? 不思議な言い方だ。覚えていないなら言えないのはわかるが、今でなければ言えるのか? 


『まあ、この計画が成功したら答えてあげるわよ。安心して』


 彼女はふふっと、やや含みを持たせて笑った。


 正直俺は、彼女の言葉の裏には何かあるんじゃないかと、そう疑ってしまった。

 渡瀬が自分の本当の目的を隠して俺を利用し、姉を排除しようとしたように。

 たとえば、彼女が自分の姉に嫉妬していたとしたらどうだろうか? 『彼』とやらと姉をうまく引き離し、その間に自分が割り込もうと考えているかもしれない。またもや俺はうまく利用されるわけだ。


 だがこの後、俺にはそんなことを言っていられない事情ができる。それは明日のホームルームの時間、担任の先生によって伝えられた。




 ごく普通の朝8時半。幽霊と話したりポルターガイストを止めたり幽霊を成仏させたりするような経験がなければ、今日も同じ毎日の繰り返しだ何だと面倒臭がっていたところだ。


 中間テストまでの時間的余裕や、2年性の勉強への慣れなど、いろいろな要因でこのクラスは、ほけーっとまさに平和だった。


 担任の先生が、『ある衝撃的な告白』をするまでは。


 それはホームルームが今にも始まるというギリギリの時刻。いつもは時間に正確な先生が、始業ギリギリにクラスのドアを開けた。

 普段では考えられない、鬼気迫る表情で。


 先生は、『大事な話があります』と真剣そうに切り出した。


「皆さん、御影さん、山室さん、──そして影山さん。誰かこの3人を見ていませんか」


 俺以外のクラス全員は『誰だそれ?』のような反応を示した。そう、俺以外は。

 影山。それは今や顔すらわからない。このクラスにいたはずの人間。すでにD組に引き込まれていたが、ついに学校側がそれに勘付いたのだろう。


 だが問題はそこではない。影山の前に言われたその2人は、俺の記憶の中に存在していなかった。


「やっぱり、皆さんもわからないんですね……。本日私たちが書類を整理していた時、この三名の知らない名前が発見されたんです。ですが書類上、この3人はこの2年B組の生徒であることは間違いない。だから、誰かのいたずらかとも思ったんですが──」


 そんなわけはない。今クラスを見渡してみたら、誰が座っていたのかも思い出せない、空いた机が三つある。これはつまり──


 ──この失踪事件は止むことなく、続いてしまったということだ。




 先生が授業のためクラスを出ると、クラス内は一つの噂──この学校に存在する『消えたB組』の怪談との関連性でもちきりになった。

 クラスのリーダー格から普段話さない人まで、錯綜した情報が行き交い始めた。


『──学校が出来の悪い生徒を間引きしているんだって』


『──このクラスで昔自殺した人の怨念が、生徒を死後の世界に連れていくんだって』


『──ドッペルゲンガーが生徒といつの間にか入れ替わっているんだって』


「──ねえ、那久良くんはどう思う?」


 無駄な(色々と知っている俺からしたらだが)憶測か飛び交う中、俺は唐突に声をかけられた。俺は焦り、しどろもどろになって返す。


「ええっと、あんまり、よく知らない……」


 すると質問者は満足したようで、「郷田くーん」とさらに聞く範囲を広げていた。


 びっくりした。まさか俺と杜嶋さんの関係や、俺がD組に関わったことで生徒が引き込まれやすくなっている、と言うことがバレたのかと思った。


『……どうやら、ついにバレたみたいですね』


 うわお!


 ──声を出しそうになったが、俺は同じてつを二度も踏んだりなんかしない。見事に声を堪え、クラスの中に紛れ込む。


『事後報告みたいになってしまいますけれど……新たに2人、にやってきました。そしてついに、D組の容量キャパが限界を迎えたみたいですね。教師たちにこの現象が見つかっています』


 杜島さんが話しかけているのを確認した俺は、前のようにスマホを取り出して、文字を打ち込む。


『もう一刻の猶予もないのか?』


『ないですね。次にまた誰かが逃げ込んできたら、間違いなく“自殺事件”として扱われ、警察が動きます。今までは死体もD組が痕跡も残さずに食べてきましたが……次からはそうはいきません』


 ……よくわかった。つまり、俺に残された最善手はただ一つ。


『……俺は昨日、野仲和綺と接触し、一つ頼み事をされた。それを叶えて、情報を得ようと思う』


 杜島さんの目が、大きく見開かれたように見えた。

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