第18話 とある幽霊少女1

『何で見えているのか』とはなかなか難しい質問だ。『そこにいるから』というのが最も簡潔な回答だろうが、そんな抽象的なものは正しい『回答』とは呼べないだろう。


 だからといって詳しくしたらいいというものでもない。『物体が反射した光が眼から入り水晶体で屈折して網膜状の一点に集められ、その刺激が神経を通って脳まで電気信号が送られたから』という回答は間違いなく誰も求めていない。


 とまあこんな間抜けなモノローグを、俺が頭の中で繰り広げていたというわけではない。実際のところは、言葉の意味が理解できずにフリーズしていた。


 何で見えるのか? そう言われても、見えるのだから仕方ないだろう。そんな適当な言葉が出そうになった時、俺はようやくその問いの真の意図を理解した。


「もしかして……お前、幽霊なのか?」


 俺の問いかけに、彼女はコクリ、首肯した。


『私は、野仲和綺かずきって言うわ。もしあなたが私のことを見ているんだったら……あなたは霊感があるの?』


 ──野仲和綺。彼女はまさに、俺が探している2人の幽霊のうちの1人だった。


『本当にある人にはあるのね……今まで肝試しとかでこう言うところに来た人たちには、霊感がある、なんて嘘をつく人がたくさんいたものよ。ところで……私から一つ、お願いがあるのだけれど』


 なんだ? 何でもいいぞ? と俺は軽く返す。昨日の渡瀬翼真の件で懲りていない俺は大概バカだが、それでもRPGお使いみたいなことは必要だろう。情報を引き出すには信頼関係が最も重要だ。


『私の姉──野仲葉月はづきを探してほしいのよ』




 野仲葉月──それが彼女の姉だというが、妙だ。絶対に何かおかしい。

 俺は野仲和綺の、目の前の墓石に彫られた文字を読む。

 そこには威厳のある楷書体で、『野仲葉月』と彫られていた。


「お前の姉って……死んでるんだろ? 探しようがないと思うんだが……」


『確かにそうよ。でも、もし姉も


 姉も幽霊に? そう言い切るってことは……


『ええ。私は何度か見かけたのよ。もういないはずなのに、街を歩いている姉を』


 野中和綺はそう言った。いや、ならさ……


「それなら、その時に話しかけろよ」


『無理よ。だってそのときそこに、がいたもの』


 彼?


『それを説明するには結構かかるけれど……。そうね、私と姉の話から始めようかしら』


 彼女は脈絡もなく、唐突に滔々とうとうと語り始めた。


『私の姉──葉月は、大学の医学部に入っていたの。しかもこの地域にあるような中堅大学なんかじゃなくて、もっと都会に近い場所の、難関大学の方の。外科医を目指していて、私から見てとっても格好よかった。私の頭の出来はそんなに良くなかったから、まさに憧れの存在だったわ』


 和綺は『ふう』とため息をつくようにして、どこか遠くを見つめる。


『だけど、私の姉は人を見るめと男運だけはてんでダメだったの。間違いなくヒモになりそうな男と付き合い出したり、恋人を甘やかそうとしてニートを誕生させたり。そして最終的に出会ってしまったのが、


 彼女は左手を右手で包むように握り、何か嫌なものを堪えるようにする。


『最初はまだよかったわ。普通に恋人としてラブラブしていて、の身持ちもしっかりとしていた。あの姉が、ついに運命の相手を見つけたんだと私は大騒ぎしたものだった。『結婚30年目に〇〇』なんて約束を結婚すらしていないのにしちゃってたり。けどいつからか……彼の束縛が、一気に激しくなったの』


 徐々に徐々に、話の雲行きが怪しくなっていく。


『彼は、姉を自分を除くあらゆる全ての人間から遠ざけようとしたわ。……たとえ家族でも。あの手この手で押しに弱い姉を丸め込んで──。他にもいろいろな苦労があるのか、久しぶりに会った姉はとてもやつれていた。そしてある日……私が、事故にあった日。私はもうすぐ大会だからって、泳ぎの練習をしていた。昔はあの学校にプールの一つもなかったから、近くの綺麗な川で。私はいつもそこで練習していたから、きっと自然のことを存分に舐めていたのね。私が気づいた頃には増水した川に飲み込まれて、手も足も痺れて動かなかった』


 おかげでこの有様、彼女は自分を人差し指で指し示した。


『でも、問題なのはここから。私は死んで幽霊になったけれど──。私は咄嗟に草むらに隠れたわ。そして息を殺して見ていると、姉は彼を振り払おうとしたり、逃げようとしたり、とてもひどい痴話喧嘩をしているようだったけれど、彼は『これで僕たちは永遠に結ばれるんだ』とか何とか言っていた。この時私はすぐに気づいたわ。姉が、。それがとっても怖くて、私は……あの教室に逃げ込んだ。あんなものがあるなんて噂程度にしか聞いていなかったのに、あそこなら大丈夫って盲信して。結局大丈夫だったけれど……姉がとっても可哀想だった。そして30年経ってもまだ、彼は姉を有無も言わさずに無理やり自分のそばに置いていた。それは、姉の浮かない表情を見てすぐにわかった』


 だから、お願い。彼女はそう繰り返した。


『姉とを探して。私に、姉の──お姉ちゃんの人生の復讐をさせて』

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