第17話 とある一つの解決 そして邂逅

 電話が切れたあと、俺たちはすぐには動けなかった。だが雫さんとずっと山の上にいるわけにはいかないし、何より愛喜さんの容体がどうなるかわからなかったから、梨瓜山から先に119番に通報することにした。


「……まあ結局、当初の目的は達成できたわけだからな……」


 『一番目』を特定するには至らなかったものの、3人から2人に容疑者を減らすことはできた。


「そういえば、49日で地獄に落ちるって、一体何のことなんだ?」


 杜島さんの説得には、そんな感じの表現が入っていた。何でそんな中途半端な日数を引き合いに出したんだろうか。


『そこを気にするのは正直変だし、そもそも知らないのに驚きましたけど……』


 杜島さんは『信じられない』という顔でこちらを見る。だけどしっかりと、説明だけはしてくれた。


『日本のあの世観で、四十九日というのがあるんですよね。死んでから、あの世で裁判が終わるまでの日数です』


「49日ってことは……七週間か。結構長いんだな」


 成仏した霊も大変だ。こんなことを言うと不謹慎だと怒られそうだが。


『むしろ短いですよ。では、裁判は何十年と争うこともありますけど……あの世では7つの裁判所を49日──一つの裁判あたり一週間ですから。それなら、人が生まれるまでの時間のほうが圧倒的に長いです。なんといっても、こっちは二十二週ですからね』


 二十二週? 十月十日なら、四十週くらいだろ?


『子が母の胎内でなく、胎外で生存できるとされているのが、二十二週からです。中絶の期限なんかも、それに合わせてあるんです。その時にはもう意識があって、胎児は夢でもみてるのかもしれませんね』


 胎児の夢……ドグラ・マグラみたいだな……。


 二十二週で命が生まれる──もしそうなら、姉はあと九週間で真に命を抱えることになるのだろうか。


 俺たちはその後他愛ない会話を交わしながら、渡瀬邸へと向かった。




「あの愛喜さんって言う女性、昨日どうにも怪我したらしいな。これとお前が無関係とは正直思えないんだが」


 作戦決行の次の日の学校。俺は郷田に詰め寄られていた。


「それにな、お前があそこにいたばあちゃんを連れて歩いていた、って言う目撃証言も多数上がってるんだぜ。もうネタは上がってんだ! さっさとゲロっちまえ!」


 郷田は、昭和の刑事ばりの迫力とダミ声を披露する。


「ええっと、それには深い深い事情がありまして……」




「──なるほどな、まさかそんな事情があったなんて」


 郷田は納得したように首をふんふんと振った。

 ふう。乗り切った。

 俺は先ほどまでの2分間を思い出す。幽霊やポルターガイストなどを上手いこと避けてぼかして話すのは大変だった……。


 とりあえずのその場しのぎのために、俺は『雫さんが昔の彼氏との思い出の場所に行くため、たまたま通りかかった俺に道案内を頼んだ』というシナリオを作った。俺と杜島さんの演出とはいえそれ自体は事実なので、すんなり嘘をつくことができた。

 その説を強化するために、出まかせは重ねまくったが。


 え? なんで愛喜さんが怪我をして、さらにガス漏れが危険だったなんてことをどうやって説明したのかだって? それはまあ、ただの事故で押し通した。


「とりあえず、これで渡瀬については終わりでいいだろう。実際に心霊現象が起きたわけでもあるまいし」


 郷田は胸を張ってそう言った。いや、起こってますけどね? ポルターガイストで普通に死人が出るところだったからね?


 それはそうとして、次の作戦を立てないといけない。渡瀬の家に幽霊がいるといた、というのはあくまで郷田が“その場面”に居合わせたからに過ぎない。今現在、渡瀬以外の2人──野仲と那久良──の行方は全くもってわかっていない。


 俺は沼田さんからもらった資料を思い出す。確かあれには、野仲は水泳をやっていたと書いてあったか? ならプールとかにいるのか……

 なんて思っていたのだが、この学校のプールに幽霊はいなかった。よくよく考えてみれば、俺の学校にプールが整備されたのは20年前。その時代にここにプールはなかった。

 しかもこの辺りには市営プールのようなものもないし、正直お手上げ状態なのだ。


 どうすっかな……という思いを抱えたまま、俺は放課後を迎えた。




『それで、私から一つ報告なんだけど』


 俺はまたもや、『D組』のある空間で杜島さんと話をしていた。


『渡瀬くんは……多分成仏したと思います』


 まさに寝耳に水の訃報。もう死んでいるから訃報とも言えるか怪しいが、それでも衝撃は変わらない。


「な、何でわかるんだ? 渡瀬のことをストーキングしていたわけでもあるまいし……」


 そんなことしませんよ! と杜島さんは顔を赤くしてややキレた。

 女子に対してストーカーの汚名をつけるのは、間違いなく失礼だ。これから気をつけよう。


『黒板の数字……この部屋に逃げ込んだ人数が1、減っていたんです。それで昨日の言葉から考えて……おそらくそうじゃないかと』


 昨日の言葉……『それじゃあ、ばいばい』か。

 そして黒板の数字。それは確か『日誌』に書いてあった。俺が『D組』を除いた時は正直余裕がなかったから細かくは見れていないが、その存在は知っている。


「それじゃあ、やっぱり残るは2人なのか……。これは、急いでどっちかを見つけないとな……」


 無理しないで、ゆっくりでもいいんですよ。杜島さんは俺のことを気遣ってくれたのか、そんな優しい言葉をかけてくれた。




 俺は下校する時、ちょっと墓場に寄ろうと思った。墓場に失踪者の墓があるわけではないが、せめてそういう場所で祈るべきなのだろうかと思ったからだ。


 俺は学校の裏手にある、そこが見通せるほど水質の良い川を見下ろしながら橋を渡る。その先の畑と住宅が入り混じった、梨能市において比較的田舎なゾーンだ。


 俺は畑の真ん中に静かに鎮座する、御影石の群れに近づいていった。


 ……お、先客がいたか。


 墓場には、1人の女子高生らしき人が、熱心に祈っていた。

 ……あれ?


 俺は思わず、首を傾げてしまった。なんだか、違和感がある。彼女の正面にある墓には、何も供えられていなかった。花や食べ物どころか、線香すらない。


 俺が不思議に思ってじっと見ていると、おもむろに彼女が振り返った。


 あ、やばい、目合った。めっちゃきまずい。

 しかも彼女は、なにやら幽霊でも見たような顔をしている。そこまで驚かれると、何だかとっても傷つくような……


『ねえ……なんで、私のことが見えてるの?』


 そんな言葉が、彼女の口から放たれた。

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