第10話 とある手がかり

『それが、私からあなたへの“依頼”です』


 そう言われたのはもう昨日のこと。まだ俺は、解決策になりそうなものを思いついていない。幸い、さらに消えた人はいないようだが……

 もしもまた失踪事件が起こったら、ちゃんと規模を把握できるように杜島さんから知らせてくれることになっている。D組の中を見ればいいだけだから、記憶が消えようが簡単に確かめられる。


「さて、どうすっかな……」


「ん? なんか悩んでんのか?」


 たまたま漏れたその言葉が耳に入ったのか、郷田は俺の前にやって来た。


「ちょっと頼み事をされたんだけどな。とあるオカルトについて調べてほしいって」


「オカルト? 誰にだよ」


「も……ごほん。姉の友達から」


 危ない危ない。危うく杜島さんなんて言うところだった。失踪した人間からものを頼まれたなんて、そんなことを言ったら頭がおかしいと思われる。


「何! お前の姉ちゃんからか!」


 咄嗟に姉の名前を出したおかげで、郷田が「も……」について追求してくることはなかった。俺の友達ながらちょろいぜ。


「んで? 何のオカルトだよ」


 郷田は変に鼻息を荒くしている。


「なんか妙に乗り気だな」


「当たり前だろ! 確かに、お前の姉に俺の思いは届かないだろう……。だが! そうだとしても、好きな女性ひとの役に立ちたい! それが男だ!」


 お、おう……。

 俺は郷田の圧倒的な熱意にたじろいだ。


「……まあ、立ち直れたようで良かった。落ち込んで引きこもりになったり、最悪の場合……」


 自殺しようとしたりするんじゃないかと──

 そこから先を言うのは、どうしてもためらわれた。D組にいる人全員が自殺者であるという衝撃的なことを聞いたばかりだったし、郷田が意思を失って空っぽの幽霊になるなんてことは考えたくなかった。


「ん? まあ心配するなって。俺が引きこもりになるなんてことはねえし。最悪の場合って──まさか、俺が自殺するとでも思ったのか? ありえねえって」


「ま、そうだろうけど。本気で心配なんてしてねえよ。どうせお前は、屋上から飛び降りても死なない気がするし」


 むしろZ戦士みたいに飛んでいきそうだな、とまで思っている。


「んー。いやまあ、死ぬと思うけどな。まあ、俺は自殺する気なんてさらさらねえよ」


 ははっ、と郷田は笑ったが、何だか少し、無理をしているようにも聞こえた。その目も、どこか遠くを見つめているように思える。

 昔、なにかあったのかなと思ったが、とりあえず見なかったことにした。誰にでも、詮索されたくない過去はある。


「それで、何のオカルトだよ。きさらぎ駅でも見つけたのか?」


「違えよ。『消えたB組』だ」


 ああ、それかと郷田は膝を打った。


「それなら、当時の新聞とか雑誌を見てみたらいいじゃねえか。きっと事件のことが載ってるぞ」


「30年前だぞ? 残ってるわけ……」


 いや、そういえば“あの雑誌”は今から10年ぐらい前のものだったか。なら、書いた人とはまだ連絡が取れるんじゃないか? でも、メールアドレスも番号もわからない。あの雑誌に書かれている著者の情報は10年前。信用できるか怪しいもんだ。

 そういえば、あの雑誌では『幻のD組についても触れていたな。


「ああ、それと。『幻のD組』も調べたいんだが」


「あれこそ古参だろ。あれが一番根が深いって聞いたぜ」


 まあ、それは雑誌で読んだ。

 そういえば、あの『部屋』は、自殺した生徒の霊によって作られたってあった。もしかしたら、その『作り手』を見つけられれば……?


 いや、今はそれよりも『最初の一人』を見つけるのが先だ。


「よし郷田」


 おう、と郷田は威勢よく返事をする。


「まずは聞き込みをしてほしいんだ。対象は、この3人」


 俺は適当な紙に『野仲』と『渡瀬』と書き、郷田に渡した。


「この2人のことを調べてほしい。もしまだこの街に残っていたら、なんか適当な理由をつけて親族について聞いてくれ。俺は……他の心当たりを探ってみる」


 わかったぜ! 郷田はガッツポーズで応えた。




 俺が部活を終えて家に帰ると、すでに姉が帰って来ていた。ちょうどいいな。


「なあ。母さんに兄弟とかっているか?」


 那久良蒼太は、今から30年前に高校2年生だった。つまり、もし俺の親戚ならば、それくらいの年齢になるだろう。


「ん? いないと思うけど……」


「じゃあ従兄弟とか」


「それもいないね。あ、でも……」


 姉は少し言いよどんだ。


「どうしたんだ?」


「いや、お母さん言ってたんだけどね。今から10年ぐらい前になるのかな。変な雑誌記者が『あなたの親族に、那久良蒼太という人はいませんか?』って聞かれたことがあるらしいね。お母さんはてっきり『そら』っていう名前を間違えたのかと思ったらしいけど、年はお母さんと変わらないぐらいのはずだの一点張り。結構しつこくて大変だったらしいよ」


 今から10年前。なら、怪しい記者はあの『雑誌』を書いた人物で間違いないかもしれない。


「名刺とかって、残ってるかな?」


「うーん、微妙なところかな……。お母さんのことだし、もう捨ててるかも。あ、もしかしたら……」


 そう言って姉は、母が乱雑に放置している棚に向かい、古いファイルを漁り始めた。


「あ、あったあった。お母さん、名刺をファイルに閉じて電話帳がわりにしてたから。あるかは五分五分だったけど、ほれこの通り」


 姉は俺に、やや黄色く変色した紙片を差し出した。


沼田ぬまたあつし……こいつか?」


「さあ? 電話でもかけてみたら? 10年前の番号だけど」


 いや、繋がる可能性はある。どうやら彼はフリーのライターらしく、この名刺にはその仕事の依頼の番号があった。しかも、その案内サイトのURLまで載せてあった。

 俺はそのサイトに入ってみた。一応そのサイトはまだ生きていて、定期的に更新もされていた。


 俺は携帯に、名刺に書かれた番号を打ち込み、発信ボタンを押した。

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