第9話 とある部屋
「死んでる……? そりゃまあ幽霊なんだから、死んでるだろ。お前もそうじゃないのか?」
俺は当然のことを確認するように言った。だが、杜島さんは『何もわかっていないんですね』とでもいいたげな様子。
『確かに、私は死んでます。それにみんなも。ですけど、あの人たちには────あそこにいるほとんどの生徒には、自我が残っていません。──だから、“死んでる”んです』
杜島さんは、奥歯をぎりりと噛み締める。
『この部屋にいる人たちは、全員自殺した人なんです。──もちろん、私を含めて』
な……!
俺はどしりと重いその言葉をゆっくりと飲み下した。
全員が、クラス全員が自殺者!? そんなことがあるのか?
『あの部屋は、逃げるための部屋です。みんなはここに、逃げ出してきた。──生きることを、全て諦めて。魂を部屋に委ねて。そしてあの部屋は、外の嫌なものから完全に身を隠すために、外のみんなから記憶を消すんです。全部吸い込んで、閉じ込めるんです』
「じゃ、じゃあ何で、あいつらの意思がなくなるんだよ。そもそも、お前にはあるし、変じゃねえか」
杜島さんは変わらない調子で答える。
『もう
「…………でも、お前よりも前にここに来た奴はいただろ?」
日誌によると、杜島さんよりも先に3人が消えている。
野仲、渡瀬。そして那久良。杜島さんに意思が残っているのなら、この3人にも残っていて然るべきじゃないか。
『出て行ったんです。どこか遠くに。別に、この部屋に縛り付けられているわけじゃないので。私も外に出れるし、その気になればブラジルにだって行ける。ただ私は——、もし先生なら、残ってみんなを守るはずだから。中にいる人も、中に入りそうな人も』
先生、それはつまり、日誌に出てきていた菜々美先生のことだろうか。そういえば菜々美先生は、杜島さんの親の癇癪を収拾しようとしていた。その縁もあって、憧れがあるのかもしれない。
そういえば、菜々美先生はどこにいるんだ? 一番の目撃者じゃないか。
「さあ。先生っていうのは、いろんな学校を行き来するものですし。あの事件も、今から30年前のことです。行き先はわかりません」
そうか……残念。
俺は肩を落とした。まあ、30年も同じ学校に勤めるなんてそうそうあることじゃない。もしかしたら、どこかに資料が残っているかもしれないし、図書室に行ってみるのもいいかもしれない。
『──それで、お願いがあるのですが』
杜島さんは、唐突にそう言った。
『私と一緒に、この事件を解決してくれませんか?』
……? 俺?
「いやいや。そんなのはゴーストバスターにでも頼んでくれよ。そもそも、俺はこの事件の解決を頼みに来たんだが……」
『ふうん、そうですか。責任とかは感じないんですか?』
「はあ? いったい何の話を……」
『あなたが、那久良君がここに来たから、事件は蘇ったとは思わなかったんですか? 実際、この30年間、同じことは起きなかったのに。それどころか、誰もここに来ることすらなかったんですよ。』
……!
俺は絶句した。もしかしたら、あの手記が……!
俺は慎重に言葉を選びながら、自分にも言い聞かせるように言った。
「……これは憶測だが——俺は実は、あの事件に関する『手記』を持ってるんだ。それが関係しているかもしれない」
杜島さんは少し考え込むようにして言った。
『……そう。ならたぶんそれが、原因ですね。那久良君ががこういう現象がある、ということを噂ではなく、本当の形で知ってしまったから。だからいまさらになって、”部屋“が人を引き込み始めた』
……まさかオカルトに首を突っ込んでいたら、こんなことになるなんて。でも、俺が原因なら、俺の認識次第で変えられるのか?
いや、無理だ。知っていることを知らないように外面を整えることはできるが、本当に無かったことにはできない。
それに、大して親しくもない俺が気づいたのだ。いつか学校の人間が気づくのは道理だし、そうすればもっと多くの人がこの部屋を認識することになり、収拾なんてつけようがない。
「確かに俺は、責任を取るべきなのかもしれない。だけど、正直打つ手無しじゃないか? 例えば俺が死んだとしても、影山が消えてしまったことは変わらない。その事実がある以上、俺みたいな誰かがたどり着くのは時間の問題だ」
『何言ってるんですか。別に、死んで償えってわけじゃありませんよ。この事件を終わらせる方法は一つ。最初の1人を見つけ出し、部屋を閉じさせるしかありません』
最初の、1人を……?
『はい。野仲、渡瀬、そして那久良くん。この3人の中に、この部屋から全ての人を追い出せる人がいるはずです』
それが誰かを特定し、そして居場所を見つけ出し、説得する。それが、私からあなたへの“依頼”です。杜島さんは、そう言った。
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