第9話 とある部屋

「死んでる……? そりゃまあ幽霊なんだから、死んでるだろ。お前もそうじゃないのか?」


 俺は当然のことを確認するように言った。だが、杜島さんは『何もわかっていないんですね』とでもいいたげな様子。


『確かに、私は死んでます。それにみんなも。ですけど、あの人たちには────あそこにいるほとんどの生徒には、自我が残っていません。──だから、“死んでる”んです』


 杜島さんは、奥歯をぎりりと噛み締める。


『この部屋にいる人たちは、全員自殺した人なんです。──もちろん、私を含めて』


 な……!

 俺はどしりと重いその言葉をゆっくりと飲み下した。

 全員が、クラス全員が自殺者!? そんなことがあるのか?


『あの部屋は、逃げるための部屋です。みんなはここに、逃げ出してきた。──生きることを、全て諦めて。魂を部屋に委ねて。そしてあの部屋は、外の嫌なものから完全に身を隠すために、外のみんなから記憶を消すんです。全部吸い込んで、閉じ込めるんです』


「じゃ、じゃあ何で、あいつらの意思がなくなるんだよ。そもそも、お前にはあるし、変じゃねえか」


 杜島さんは変わらない調子で答える。


『もう容量不足キャパオーバーなんですよ、この部屋。もしまだ容量が残っていたら、今日増えたという一人だって、失踪したことに気づかれていないはずです。でも、ここには物を、記憶を詰め込みすぎた。私は初めのころにここに来たから、意識も含めて魂として存在できていますけど、比較的遅くに来た人たちのは……部屋に入りきらずに、多くが消滅した。そしてその代わりなのか、それともこの部屋を最初に作った人の意志なのか、みんなにはずっと”ごく普通の学校生活”を送るための、偽の何かが埋め込まれた。それが可哀想で、もう……見ていられません』


「…………でも、お前よりも前にここに来た奴はいただろ?」


 日誌によると、杜島さんよりも先に3人が消えている。

 野仲、渡瀬。そして那久良。杜島さんに意思が残っているのなら、この3人にも残っていて然るべきじゃないか。


『出て行ったんです。どこか遠くに。別に、この部屋に縛り付けられているわけじゃないので。私も外に出れるし、その気になればブラジルにだって行ける。ただ私は——、もし先生なら、残ってみんなを守るはずだから。中にいる人も、中に入りそうな人も』


 先生、それはつまり、日誌に出てきていた菜々美先生のことだろうか。そういえば菜々美先生は、杜島さんの親の癇癪を収拾しようとしていた。その縁もあって、憧れがあるのかもしれない。


 そういえば、菜々美先生はどこにいるんだ? 一番の目撃者じゃないか。


「さあ。先生っていうのは、いろんな学校を行き来するものですし。あの事件も、今から30年前のことです。行き先はわかりません」


 そうか……残念。

 俺は肩を落とした。まあ、30年も同じ学校に勤めるなんてそうそうあることじゃない。もしかしたら、どこかに資料が残っているかもしれないし、図書室に行ってみるのもいいかもしれない。


『──それで、お願いがあるのですが』


 杜島さんは、唐突にそう言った。


『私と一緒に、この事件を解決してくれませんか?』


 ……? 俺?


「いやいや。そんなのはゴーストバスターにでも頼んでくれよ。そもそも、俺はこの事件の解決を頼みに来たんだが……」


『ふうん、そうですか。責任とかは感じないんですか?』


「はあ? いったい何の話を……」


『あなたが、那久良君がここに来たから、事件は蘇ったとは思わなかったんですか? 実際、30。それどころか、


 ……!

 俺は絶句した。もしかしたら、あの手記が……!


俺は慎重に言葉を選びながら、自分にも言い聞かせるように言った。


「……これは憶測だが——俺は実は、あの事件に関する『手記』を持ってるんだ。それが関係しているかもしれない」


 杜島さんは少し考え込むようにして言った。


『……そう。ならたぶんそれが、原因ですね。那久良君ががこういう現象がある、ということを噂ではなく、本当の形で知ってしまったから。だからいまさらになって、”部屋“が人を引き込み始めた』


 ……まさかオカルトに首を突っ込んでいたら、こんなことになるなんて。でも、俺が原因なら、俺の認識次第で変えられるのか?


 いや、無理だ。知っていることを知らないように外面を整えることはできるが、本当に無かったことにはできない。


 それに、大して親しくもない俺が気づいたのだ。いつか学校の人間が気づくのは道理だし、そうすればもっと多くの人がこの部屋を認識することになり、収拾なんてつけようがない。


「確かに俺は、責任を取るべきなのかもしれない。だけど、正直打つ手無しじゃないか? 例えば俺が死んだとしても、影山が消えてしまったことは変わらない。その事実がある以上、俺みたいな誰かがたどり着くのは時間の問題だ」


『何言ってるんですか。別に、死んで償えってわけじゃありませんよ。この事件を終わらせる方法は一つ。1


 最初の、1人を……?


『はい。野仲、渡瀬、そして那久良くん。この3人の中に、この部屋から全ての人を追い出せる人がいるはずです』


 それが誰かを特定し、そして居場所を見つけ出し、説得する。それが、私からあなたへの“依頼”です。杜島さんは、そう言った。

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