第3話 とある怪談 後編

『だめ。開けたらあなたまで


 自分の背後の、耳の上あたりからそんな声が聞こえた。同時に俺の手が、誰かの右手に握られる。

 まさか、幽霊!?

 俺はとっさに振り返り——




「急にどうしたんだ?」


 郷田の声がした。ふと我に返ると、周りにはいつもの喧騒が戻っているし、二年D組はどこにもない。

 俺は、郷田の進行方向と逆を向いていた。まるで、


「……俺は今、どんな感じだった?」


「変な質問だな。急に一瞬立ち止まって、そのあとすぐに振り返ってたぜ」


 つまり、あの出来事は一瞬のことだったってことか? でも俺の体感時間では、あれは一分ぐらいの出来事だった。なら、一瞬の間に見た白昼夢ってのが正しいのか?


 ……キツネにつままれたような感じだが、どうしようもないか。




 俺は家に帰ってから、失踪事件についての情報をスマホで探すことにした。口伝とはいえ噂や、この『手記』などが残っているのだから、ネットの中に何かが残っていてもおかしくない。例えば高校生がやっていたブログや、地域のネットニュースとかか。


 とりあえず俺は『梨能市 怪談』と検索してみた。天下のグーグル先生なら、何か見つかるだろうと思っていた。

 だが、有益な情報は見つからなかった。実際俺はこれまでオカルト的な話はあまり聞かなかったし、廃校舎もいわくつきのトンネルもこの町にはない。


 ……なら、もうちょっと直接的に行くか。

 俺は検索ボックスに『梨能市 失踪事件』と打ちこみ、検索にかけた。


「お……これは雑誌か。月刊ヌー? 月刊ムーじゃねえんだから……」


 某有名オカルト雑誌の、パクリみたいな雑誌を見つけた。十年前ほどの雑誌のようで、ネット上では一部分だけ無料で読める。ただ、今では廃刊になっているらしい。出版社こそ残っているものの、やはり本家の方が売れるのだろう。

 珍しい雑誌だろうから、図書室にはないな。古書店にもあるかどうか……。


 俺は近くの古書店を探した。見つかった古書店のホームページには在庫の検索機能があったので、その検索ボックスに『月刊ヌー』と入れてみた。


「あ、あった」


 意外と多くのデータが出てきた。さらに十年前の西暦を入れて絞り込む。

 すると、一つの雑誌が目に留まった。ヌーという名前の下にあるキャッチコピーが、とても興味深いものだったからだ。


『南梨能失踪事件の謎を追え! 解き明かそう、少年少女たちの悲劇を!』


 これがおそらく、ネットで見つけたものだろう。俺はスクリーンショットを撮り、地図アプリを開いた。




「すみません。月刊ヌーってありますか」


「月刊ヌー? 月刊ムーじゃなくて?」


 古書店の店員は、そう聞いてきた。彼はどう見ても大学生で、おそらくバイト。完全に蔵書を把握しているわけではないのだろう。


「はい。月刊ヌーの、今から十年前のやつからプラマイ一年分全部見せてください」


 店員は困った顔をして、店の奥に消えて行った。

 ……多分、そもそも月刊ヌーを知らないんだろうな……。


 ちゃんと雑誌を見つけれるだろうか、と俺は少し不安になったが、あの店員を信じるしかなかった。


 十分ほど経って、バイト店員が戻ってきた。その手には、山積みの雑誌が抱えられている。


「これで合ってますか?」


 店員は腕をプルプルさせながら問いかけてくる。いや先に雑誌をカウンターに置けよ。


「一度中身を見て、欲しい号だけ買おうと思っているので、一度カウンターに置いてくれませんか?」


 俺は、雑誌を今にも取り落としそうな店員に助け舟を出す。店員は「あ、はい。ありがとうございます」と言って、手を休ませた。


 さて、お目当ての刊はどこにあるのか……。


 俺は雑誌の束を漁り始めた。数分経って、『南梨能失踪事件の謎を追え! 解き明かそう、少年少女たちの悲劇を!』と表紙にでかでかと書かれたものを見つけた。そこから先の刊にも、目次にそれらしきものがある。

 大雑把に目次を確認していき、連載が終わっている刊を見つけた。


「それでは、ここからここまでのを買います」


「ああ、はい」


 俺はお金を出した。人気がない雑誌だったおかげで、とても安く済んだ。




 『南梨能学園連続失踪事件・連載一回目! あらゆる謎を解き明かせ!』


 俺はそう銘打たれたページを開く。




 南梨能学園、それは梨能市にある小中高一貫の私立高校だ。


 我々が調査したところによると、例の事件のあとから、この学校にはいわゆる『七不思議』と呼ばれるものができたらしい。つまりこの事件は、この学校の怪談の原点なのだ。


 我々はまず、近隣住民に聞き込みを行った。


 記者:二十年ほど前、あの学校の生徒が失踪するという事件がありましたが、何か知っていますか?

 住民A:噂には聞いていますが、どういうことかはよくわかりません。

 記者:誰が失踪しているかはわかりますか?

 住民A:さあ……、あれ? そもそも、あの学校のB組の生徒って、誰がいたんでしたっけ……

 今後も不可解な証言が続いた。私たちが聞き込みを行った年齢層は四十代。当時ならば二十代のものばかりだ。さらに被害者と思われる人物の親族でさえ、その事実を半ば忘れている。


 そこで我々は思い出した。被害者の親族は、事件のことをさっぱり忘れてしまうということを。

 我々に残された道は、推測することだけだった。


 だが、学校での聞き込みで、興味深い事実が発覚した。

 先ほどこの事件が南梨能学園の階段の原点だと言ったが、実は一つだけそれ以前にあったと思われる怪談が存在している。


 それは『幻の二年D組』と呼ばれているものなのだが、学校が設立して数年の頃に自殺した生徒が、そのまま『もう一つのクラス』になったという怪談だ。いじめに喘ぐ者たちが身を隠すことのできる、そんな場所を提供するらしい。


 我々はこれに目をつけた。もしや、クラス全員がこの中に取り込まれているのでは? と。

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