第2話 とある怪談 前編
──全員が、失踪?
それじゃあまるで、あの『手記』はそれの記録のようじゃないか。
「記録がないって言ったよな。実際のところ、日記とかなんとか見つかってないのか?」
「それなんだがな。なんでもこの事件の被害者の身内は、被害者のことを忘れちまったらしい。名前こそ学校の記録に残っていたが、それらがすっかり抜け落ちてるんだとか」
これも、日誌の内容に合致する。
だが果たして、この程度の情報で信じていいのか? あれは後輩を騙すために作った台本や小道具、って説も、まあある。
「本当なのか? 失踪したことも確かめようがないだろ」
記憶が残っていないと言う設定も、ドッキリなどにはちょうどいい。実はこの怪談がこの学校の洗礼という可能性もなくはないかもしれない(二年生になってからの洗礼は遅すぎるが)。
「それがな、ちゃんと証拠があるんだよ。その年、この学校から卒業した生徒の人数がな、クラス丸々ひとつ分抜けてたんだとよ。
「──教師側のミスってのはあり得ないのか」
俺は反論した。
「実はな。地元の局が撮った、卒業式の映像があるんだが、それもクラス丸々ひとつ分抜けてたらしい。卒業式だぞ? 流石にありえねえよ」
郷田はゴリラのような顔にウザさを添加して、大袈裟に肩をすくめた。
「わかったよ。それで、続きはあるのか?」
「いいや、これで終わりだ。幸いなことにそれ以来、失踪事件は起きてないらしい」
俺はふうん、と適当な返事を返した。
めちゃくちゃ気になるな……
俺は授業中も、『怪談』のことで頭がいっぱいだった。
ノートをとって暗記をするだけの授業が、ちょうどつまらなくなってきたところだ。内職がてら、『手記』を読んでいよう。
俺は教科書で手元を隠し、例のノートを取り出した。
4月10日
今日は始業式だ。びっくりすることに、もう二年生になってしまったんだ。
僕はウキウキしながら教室のドアを開けた。三十人分の机が並んでいて、何人かの生徒が複数のグループを作っている。だが、見覚えのある生徒ばかりだ。
そうか、思えば当然のことだった。この学校に特進のクラスは一つしかない。だから、全員が同じになるはずだ。
だが、一人だけ初対面の人がいた。
「はじめまして、
担任の先生が変わっていた。去年の担任の先生はベテランの、お爺さん系の先生だったが、今年は女性らしい。だけど女性にしては背が高く(175ぐらい?)スタイリッシュな感じだ。
しかも美人。
「こちらこそよろしくお願いします」
僕はぺこりと頭を下げた。
「お、朝霧。来たんだな」
クラスの奥から声が上がった。
「那久良か。今日は早いね」
「ああ。こういう日は早く起きるだろ」
那久良、那久良
「朝霧。お前の席は黒板に書いてあるから、ちゃんとそこに座れよ」
おっと、ずっと通路をふさいだまま話すのはよくないな。
僕は席を確認すると、自分の席に向かった。
「隣、よろしくお願いします」
僕は、隣の席に座っていた女子に挨拶した。確か名前は、
そういえば、彼女とはあまり話したことがない気がするな。
「ええっと、杜島さんですよね」
「ええ、そうです」
彼女は透き通った声で答えた。あまり話したことはないけれど、聞き覚えのある声。確か去年の合唱コンクールで、かなり活躍していた。その時に聞いたのだろう。
「……私はその、少々人見知りなんですけど、それを直したいので、積極的に話してくれると助かります……」
杜島さんは、恥ずかしそうに顔を赤くした。三年間同じクラスになるのだから、直したくなるんだろう。
「もちろんです。いい友達になれるといいですね」
僕は自分の胸にこぶしを当てて言った。
始業式が終わった後——
「ゴラァ那久良! 内職してんじゃねえ!」
「やべっ」
俺はとっさに、日誌を机の中にしまった。そして先生にこれ以上怒られないよう、ノートを広げる。
ちえ、まだ読んでたのに。
俺は心の中で不満を漏らした。
俺はノートを開き、黒板を取り始めた。だが心の中では、やはりあの『手記』に興味が奪われていた。
那久良。名倉ではない。この苗字は、俺の苗字でもある。
『手記』には、那久良という人物が出てきていた。だが、那久良という名字はとても珍しいことを、俺はよく知っている。名字由来netですら出ないほどのレア名字だ。
だが、同じ名字の生徒が、この手記には出てきている。
そして最も不可解なこと。俺がこの『手記』にさらに深く心を奪われた原因、それは──
俺が知っている中で、『那久良』という名字を持っているのは、母と祖父母だけなのだ。
このことから、この手記は偽物だという公算が高くなったとも、記憶が消えるという言葉の信憑生が増すとも捉えられる。
……いや、信じるだけ無駄か。
俺はそう結論づけ、授業を真面目に受けることにした。
「今日はサッカー部ねえけど、どうするんだ?」
放課後、俺は郷田にそう話しかけられた。
「普通にまっすぐ帰るつもりだ」
「なら、一緒に帰ろうぜ」
俺たちは教室を出た。午後の明かりに照らされた廊下を進む。
その時──
……?
おかしい。周りに人がいない。
さっきまでは隣に郷田がいたのに、いつの間にか消えている。それどころか、俺がどこか別のところに隔離されたような……
一体何が起こっているのか。俺は奇妙な寒気を覚え、神経を尖らせた。
──二年……D組!?
俺はすぐ隣のクラスを見て愕然とした。これじゃあまるで、六つ目の怪談の『幻の二年D組』じゃないか。
背中に冷や汗が流れる。起こるはずのないことが自分の身に起こり、何をどうしていいのかわからないのだ。
そして俺は、吸い寄せられるようにD組のドアに手をかけた。そのまま横にスライドし──
『だめ。開けたら、あなたまで引き込まれる』
突然、女の声がした。
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