第7話 悪意は続くよどこまでも

 声が聞こえた気がした...


「───⬛︎⬛︎⬛︎──⬛︎⬛︎⬛︎─起きろ!」


「はぁ?なんだぁお前?」


 酷く痛む頭を擦りながら怒鳴り込む男を見る。

 目の前にはずんぐりむっくりした巨漢が刀を日本携え仁王立ちしていた。


「なんだぁ?、じゃねぇよ!もう戦が始まるんだぞ!てめぇ俺をナメてんのか?あ゛ぁ゛?」


 刀と一緒に携えた脂肪が怒るもんだからぶるぶると大きく震える。

 そしておもむろに手をこちらへ伸ばすと俺の襟首を掴み上げ睨みつけてくる。


「おい、てめぇ話聞いてんのかあ゛ぁ゛ん?あんまし調子乗ってっと────チッ命拾いしたな...」


 寝ぼけ頭でぼーっとしたままだったが巨漢は急に興が削がれたとでも言わんばかりに乱暴に俺を地面に投げつけるとそのまま不満げに野営地へと歩いていった。


「よぉお前さん災難だったな...まぁさっきのあいつもきっともうすぐ戦が始まるから気がたってるんだろう。──にしてもお前さんここらじゃ見ない顔だな、遠方の者か?」


 また睡眠を再開しようとするといきなり声をかけられた。

 声の主はどうやら目の前の優男らしい。見た目に覇気はないが錆び付いた刀そして使い古され擦り切れた草履から数々の修羅場を潜ってきたのだろうと言うことは分かった。

 恐らく先程の巨漢もこの男を見かけたからすぐに引き返して行ったのだろう。


「あぁ俺はちょいとばかし遠いところからお偉いさんに連れてこられたぁ、しがない物乞いさぁさっきは助けてくれてあんがとなぁ」


 そう、礼を伝えると男は首を傾げた。


「俺が助けたのはあの巨漢の方のつもりだったのだが?お前相当の手練であろう?」


「なぁにそんな大層な者じゃねぇさ.....ただ生まれた環境と親に恵まれなかった劣等人よ.....」


 〜〜〜


 ピチャ…ピチャ…


 吸い込まれるような赤い液体が刀と言わず全身から垂れ落ちる。辺りにはむせ返るような匂いが満ち、首がそこらかしこに転がっている。

 周りを見渡すと人影がちらほら見える。どうやら戦には勝利したらしい。


「そうだ、そろそろ戻ろうか.....このままじゃ風邪をひいちまう。」


 疲労で上手く動かない足を無理やり動かし野営地の方角へと歩を進める。

 冷える身体に鞭を打ちながら歩き続けることだいたい30分程度で野営地が見えてくる。


「はぁ疲れたな...速く戻って寝てぇ.....」


 野営地へと足を踏み入れたときだった足元の地面に穴があき、風に流され硝煙の匂いが濃く残る。


「止まれぇ!ここから先は立ち入り禁止だ!貴様らには悪いがここで死んでもらう!」


 確かあれは鉄砲だったか?異国の外人共が持ってきたとかいう...

 まぁ...正直今は鉄砲がどうとかは取り敢えずどうでもいい。問題は戦から帰った俺が何故か殺されようとされているってことだ...


「あまり問題は起こしたくないんだがなぁ...ん?あれは...」


 鉄砲を持つ武士共の中に見覚えのある顔が一人飛び込んできた。


「お〜い!いつぞやの巨漢じゃねぇか...悪いがそこの武士たちを説得してくれねぇか?」


 俺が大声で声をかけると巨漢はニタリと唇の端を歪ませ愉悦の笑みで答えた。


「お前ら状況が分かってねぇのか?お前らは用済みになったんだよ!だから安心して地獄に落ちなッ!」


「おい、聞いてねぇぞ!俺は金をいただきに...コヒュッ...」


 生き残りの一人が武士共に向かい講義の声を上げたがあえなく喉を鉄砲で撃ち抜かれ朽ちていった。

 そこからは戦に続きの第二の地獄絵図...生き残りは戦の疲労と奴らの鉄砲で俺以外は残らず蹂躙された。あのときの優男の姿は既になかった。


「お前が最後のようだなぁ?運がよかったな、でも所詮ここまでだ。──殺れ」


 キンッ

 大きな音を立て鉄砲から勢いよく鉛玉が飛び出した。鉛玉はしっかりと俺の眉間へと向かい迫る...が当たることはなかった。

 俺の目の前までくると物の見事に鉛玉は真っ二つに分かれ地面へと突き刺さる。


「面倒くさいから俺もあまりやりたくないんだがなぁ...ま、しょうがねぇか...」


「───は?打っ打てぇ!総員あいつを今すぐ殺せぇ!」


 雨霰のように飛び交う鉛玉の雨...しかし男は全く意に返さずゆっくりと歩いて進み続ける。

 鉛玉は全て真っ二つにされるか後方へ弾かれなんなら偶に刀の角度を調整し打ってきた武士の額に打ち返した。

 見る見る内に武士と鉛玉の数は減っていき、男が武士達がいた所に足を踏み入れた時にはもう巨漢の男しか残っていなかった。


「ひ、ヒィ.....く、来るな!俺に近づくんじゃないッ!お、俺はここら辺の有力な地主の息子だぞ!?分かってるのか?ここでお前が俺を殺せば.....カハッ」


 巨漢は容赦なく刀で首を切断され男の足元に転がった。


「生憎、これが初犯じゃねぇもんでね.....まぁ生まれ変わったら蛙になれるようになるぐらいには祈っておいてやるよ。」


 男はそうぽつりと呟いた。

 もうここら一帯には虫の音すら聞こえない...あるのはそこら中の死体、死体、死体.....鼻につく濃い鉄と硝煙の匂いと真っ赤な地面。もし言葉で表すのなら死屍累々、まさしく地獄、修羅、そのものであった。


「どうやら金も貰えねぇようだし帰るか。帰るって言っても住む場所なんてねぇんだが、流石にここよりはマシだろう.....ん?」


 足に何かが巻き付く感覚がし下を見ると土気色をした手ががっしりと足首を掴んでいる...俺は手を手首の位置で切り落としてやると宛もなくと歩いていく...が、また足を掴まれる今回は両足首だった。

 切る、掴まれる、切る、掴まれる、切る、掴まれる何回繰り返したか分からない、しかし腕を切り落とす度にその数が増えていき位置もどんどん上に上がっていっていることが分かった。

 やがて首へと手が置かれる、その手はギリギリと着実に力を込め締めてゆく。


『何故だァ何故だァ何故?いやお前、お前だなぁ?殺す、殺してやルゥ!?』


「鬱陶しいぞ」


 まとわりつく腕を軒並み切り払いまた歩みを進める...だがやはり腕はその数を増やしながら俺の首を折る、または掻き切ろうと迫る。

 だが腕が俺の命を狙う時に聞こえてくる声は様々だった...


『殺さないでッ!私にはこの子が...』

『やめてくれッ!村にはおっ母が!やめろッ!』

『死ねッ化け物がッ!』

『お前は人間なんかじゃない!化け物だッ!』

『殺ス頃ス転ス戮ス?』

『イカれてるよ...お前は...』


 性別から年齢問わずその声は入り乱れ聞こえる...どの声にも聞き覚えがあった。

 人の魂は死んだら何処に行くのか?

 住職は極楽浄土に行くと言うし、この世を恨む卑屈な奴らは全員漏れなく地獄に落ちると言う。

 だが実際はドス黒い感情に突き動かされ人に憑き刻一刻とそいつの命を狙う怨念の塊となる。

 そして憑いた奴が死んだらそいつを殺した奴に憑きまた命を狙う...要するにこの世は御伽草子で出る地獄なんかより遥かに地獄って訳だ。

 だから俺達人殺しはそれを全部背負わなきゃなんねぇ...疲れと『それら』を背中に背負いながらまた重ね続ける...

 首に巻き付く感覚を最後に俺の意識は途絶えた...


 〜〜〜


何か懐かしい夢を見ていた気がする...


「...んぅ〜」


 自室のど真ん中で目を覚ました俺は大きく伸びをした後部屋を見回す。

 何故そんなことをしたかは俺にも分からない、だがこの部屋に俺以外の『何か』がいるような気配がして仕方がなかった。


「そういや俺は何をしてたんだ...?確か今日は朝起きて、学校へ行って、クソガキに絡まれて、家に帰ってから...?」


 なんだろうか、どうにも今日の朝ぐらいから記憶にふぃるたーがかかったかのようにぼんやりとしている。特に家に帰った後辺りに関しては何も覚えていない。


「まさか...こんな歳でボケたんじゃないだろうな...?だが有り得るか?俺は女の体になって生まれ変わったが元は耄碌した死にかけのジジイだからな.....」


 俺が一人戦慄しているとお袋の声がリビングから響く、どうやら夕食の用意ができたらしい。俺は今後の生まれ変わりの影響を心配しながらも美味い飯を求め自室から退出した。



 〜〜〜


 夜宵が部屋を出ていった後机の上には黒い正四面体の開け口のない箱のような物がポツンと置いてあった。


『───ラれナい──ワタシ達ヵラは逃ゲラれなィ──ドコへ?行コゥとも、私達ハお前を許サない──殺素?殺洲?殺酢?』


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 読んでいただきありがとうございます!

 コれヵらもよロしくォ願イしますネ?

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