雨音とアンダンテ
海湖水
雨音とアンダンテ
雨音が教室の外から聞こえる。他の机からは鉛筆がマークシートを擦る音が聞こえてくる。
「で、模試どうだったの?」
「んー、内緒。まあ、あんまり良くはなかったかな」
「そっかぁ」
模試終わりの放課後、佳衣は他の友人たちと教室で話していた。先ほど皆で自己採点をしたばかりであり、話の話題はその内容で持ちきりであった。
佳衣は友人たちの話を軽く聞きながら、雨が降る外を眺めていた。
佳衣は、テストが嫌いだった。別に勉強が苦手というわけではない。中学生時代から、勉強を苦とすることもなく、それなりの高校に進学し、それなりの生活を送ってきた。
しかし、それなり、ではいかなかった。佳衣の理想と現実が少しずつ乖離し始めた。はじめはついて行くことができていた授業も、少しずつついていけなくなった。
理由は思いつくか、と言われると思いつかない、が素直な本音だ。帰ってからの予習復習はしっかりとしているし、授業も真面目に受けている。まあ、強いていうならば努力量だろうか。
「佳衣って勉強時間大丈夫なの?部活とか忙しいらしいけど」
「あー、うん。やばい。勉強に回せるだけは時間回してるんだけどね、やっぱり足りてない」
佳衣は部活での県大会や、文化祭や体育祭にも積極的に参加することもあって、あまり勉強時間を取ることができていなかった。
ゆっくりと、しかし着実に離されていく友人たちとの距離。いつしか、佳衣には焦りが生まれていた。
「って言ってもなぁ。困るんだけど。あ、LINE」
家に帰って寝る前、佳衣がつぶやいた時、佳衣に友人の1人がメッセージを送ってきた。早く寝たかったが、ここで無視するわけにもいくまい。佳衣は部屋の電気をつけずに、スマホを開くとメッセージを確認した。
『えーっと、演奏会?……あんまり時間ないんだけどなぁ』
『そこをなんとか!!』
『……いつ?」
『2週間後』
佳衣はスマホのカレンダーを確認した。詰め込まれていた勉強の予定、だが2週間後だけはポッカリと予定が空いていた。
佳衣は再び友人にメッセージを送った。
『オッケー、行く』
「でさ、来れないってマジで?」
2週間後、佳衣はスマホを見て1人つぶやいた。突然の発熱により、友人は演奏会に来ることができず、だからと言ってチケットを取ってしまった今、キャンセルすることもできず、佳衣は1人で演奏会の会場へと向かっていた。
あいにく、空は曇り空。佳衣の心を表すかのように雨まで降ってきていた。
「はあ、やっぱり帰ろうかな」
ポツリポツリと傘に当たって鳴る雨音を聞きながら、佳衣は会場へと向かっていった。
会場は意外にもこぢんまりとしたところだった。友人の好きなピアニストが来ると言っていたから、もう少し大きい会場だと思っていたが、その予想は外れたようだ。
佳衣は中の受付を済ませて、椅子へと腰掛けた。周りを見回すと、老人や子連れの家族など、バリエーションに富んだ人たちが見にきているようだった。幅広い世代に人気なのかと納得しつつ、佳衣は演奏会が始まるのを待った。
演奏会が始まった時、佳衣の中に生まれた感情は、意外と悪くない、だった。数人の演奏家が出てきて1人ずつ弾いていく形。友人の見たかった人は最後に出てくるらしいが、まだ中盤だというのに、佳衣は十分に楽しめていた。激しい曲を弾いたかと思うと、次の人はゆったりとした曲を弾いていく。心の緩急に綺麗に音楽が合わせてくれているようだった。
『それでは名残惜しいですが、最後の演奏者です』
アナウンスがそう告げ、1人の黒スーツの男の人が舞台へと入ってくる。
この人が友人の言っていた人か。そう思いながら佳衣が眺めていると、男の人はマイクを手に話し始めた。
「今日は来てくださり、ありがとうございます。あいにくの天気、と言いたいところですが、私は雨が好きでして。雨音が好きなんです。なんというか、急かされているようで、ゆったりしているように思えませんか?たくさんの人それぞれに、自分のペースがあるように、雨にも人それぞれに聞き方がある、と思うと面白く感じるんですね」
その人の演奏は、正直とても良かった。友人が夢中になるのもわかるくらい、そしてなぜこんなところで演奏しているのかわからないくらい、良かった。
しかし、佳衣の心に残ったのは、はじめの言葉だった。いまだに続く雨は、佳衣の傘を打ち続けている。来る時は忙しなく打ち付けていた雨音も、今はゆったりと聞こえるようだった。
今は、勉強も生活も、自分のペースで過ごそう。ちょうど、歩くくらいのスピードで。
雨音とアンダンテ 海湖水 @Kaikosui
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