金沢にてへの応援コメント
関ヶ原の前に前田は徳川の配下(と言っていいのでしょうか)になる決意を固めたのですね
それがねね様の親友であり、若い頃の秀吉のことも知ってるお松さんの知恵とは…
たしかにどんなに規則があってもそれを守らせる権威が無くなればあとは残った人たちが自分たちのいいように変えていくのが世の理ですね
これで徳川幕府の時代を加賀百万石を守ったのだと思うとすごい壮大です
作者からの返信
おっしゃるとおり、前田は徳川につくことに決めました……関ヶ原以前に。
ある意味、関ヶ原の勝敗を決したのは、この前田の動きかもしれません。
まつとしては、ねねの親友として、秀吉とその政権の栄枯盛衰を見て来たから、そのあとがどうなるか、家康が何を考えているかはある程度見えていたと思います。
それゆえにこそ、自分が江戸に行けば、前田は守れると決断したのでしょう……。
そして、レビューありがとうございます。
秀吉や利家は、たしかに優れた武将でした。
しかし、おのれの亡きあとをどうするか、どうなるか、というのを見るのは、ちょっと苦手だったかもしれません。
それを、ねねやまつといった妻たちが、フォローしアップさせていったんじゃないかと思います。
その辺を取り上げていただいて、すばらしいレビューだと思います。
ありがとうございました!
金沢にてへの応援コメント
まつは感情ではなく理に基づいて息子を諭す。家康の意図を的確に読み取り、今後の展開を冷静に見通す姿勢は、戦国女性の中でも特筆すべき知略の持ち主だと思いました。利長だけで判断していたら、加賀100万石はなかったかもしれませんね。
作者からの返信
まつは利家と共に加賀百万石への道を歩んできた人ですから、だからこそ冷静にこの乱世――家康が、どう進んでいくかが読めたと思います。
利長は、悪いけどボンボンですから(笑)、チョットこの局面は辛かったと思います^^;
そして、レビュー、ありがとうございます。
母は戦わずして戦を制した――ピッタリのキャッチフレーズ、嬉しい限りです。
関ヶ原の戦いをマクロに見て、一番得をしたのは誰かと言うと、やはり前田家だと思います。
いろいろありましたが、結局のところ、百万石となりましたから。
そしてそれを成し遂げたのは、まつ。
この人の知恵こそが、この歴史の転換期の中を、前田が維持され、加増されることにつながった――それを強調していただき、作者冥利に尽きます!
ありがとうございました。
金沢にてへの応援コメント
こんばんは、御作を読みました。
晩年の秀吉さんはザ・ラスボスなのですが、いなくなると、やはり寂しいですね。
誰かが秩序を担保しなければならなかった。利長さんでは、不足していたし、そういう意味では、家康さんが一番、餅に近かったのでしょうね。
面白かったです。
作者からの返信
お星さま、ありがとうございます。
晩年の秀吉って、「かつての英雄が魔王になった」みたいで、ファンタジー感溢れる展開ですね。
しかし、彼の死後、じゃあ誰が決まりを守らせるのってなると、お鉢が回るのは家康しかいなかったんでしょう。
彼自身の心の中はいざ知らず…てん。
野心に溢れていたって言われてますけど、何でおれが後始末つけなきゃいけないんだよ、と思っていたんじゃないか……という想像で書いてみました^^;
ありがとうございました。
金沢にてへの応援コメント
本作のあとの出来事として、利長の弟・利政は東軍に与しない動きをするんですよね。同時期の信州・真田家っぽい動きにも思えますが、理由がハッキリしないみたいで(諸説あり的な?)。
そのため、前田利政は西軍扱いで領地没収。でも、没収の領土はお兄さん利長のものになったので、前田家的には結果オーライ?だったのかなと。
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
どうも利政は人質を取られていたみたいで、それで西軍に味方した、という説があります。
真田家と同じことをしたのかもれ知れませんが……たしかに、結局のところ利長に帰したので、前田としてはラッキーでした。
そもそも、若い頃の秀吉と同僚で、奥さん同士も仲が良かったという僥倖もありましたし、どうも前田家って、ツイている家、というイメージです^^;
ありがとうございました。
金沢にてへの応援コメント
利長じゃ家康には勝てないでしょうね。
金沢城に籠ったとしても大坂城が落ちたことを考えれば防ぎきれなかったんじゃないかな。
京都からの距離でも米沢より圧倒的に近いし、下風に立ったのは正解だと重います。
利長とおかんでは年季が違いすぎますね。
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
近況ノートへのコメント、ありがとうございました。
利長じゃやっぱ勝てないですよね。
これが又左だったら、まだ豊臣恩顧の大名とか、豊臣家も合戦中に動いてくれたかもしれませんが。
おっしゃるとおり、金沢だと近すぎるから、平伏しかないし。
又左が亡くなった時点で、前田にはこの道しかなかったのでしょう。
利長とまつ。
利長がお母さん大好きっ子というのもありますし(笑)、もう逆らえなかったんでしょうね。
おかんは強し。
ありがとうございました。
金沢にてへの応援コメント
この前田家の選択は日本史を変えましたよね。
前田家の存続を第一に考えれば正しい選択だったと思います。しかし、ここで徹底抗戦をしていれば、家康だってどうなったか分からない。少なくとも関ヶ原負時よりも遥かに接戦になったことでしょう。
実は私は、家康が前田家に冤罪を吹っ掛けた。という考えには疑問を感じています。この時点で前田家に喧嘩を売るのは余りにも危険な賭けすぎるので。
家康が、前田家が自分の暗殺を狙ったと本当に疑っていた可能性もあるのでは? と。
まあ、家康が前田家は正しい選択をすると確信してた可能性もあるかも知れませんが。
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
隠れたターニングポイントだったと思います。
前田が挙兵すれば、豊臣恩顧の諸大名も、実際どう動くかわかりませんし、独眼竜とか、こんな美味しいタイミングを逃がすわけないし(笑)、上杉や真田も、どうなるかわかったもんじゃありません^^;
前田家の家康暗殺疑惑、これは風説だと思ってます。
やるにしても、メリットがなさすぎますし。
家康が「前田にやられるかも」と思った可能性は否定できませんけど^^;
いずれにせよ、家康としてはここまで風説が出回った以上、説明を求めない訳にはいかなかったのでしょう。
そこをまつが、宙返り的なアクロバットを決めてきた、ということではないかと。
ありがとうございました。
金沢にてへの応援コメント
三題噺のお題を見た時は特に何も感じなかったのですが、このお題に四谷様が挑戦されると聞いた瞬間、もしかして? と思ったらそのとおり関ヶ原のこれでした。ですがその内容(特に家康の意図)はいつものとおり私の予想を超えるもので、楽しめました。
実際、秀吉の遺した「諸大名縁組の儀、御意を以って相定むべき事」の条文も、当の「御意」をする本人がいなくなったら誰が許可するの? という穴があり、家康はそこを突いて伊達家や蜂須賀家と縁組しまくったわけですが、後日天下を獲った後の「武家諸法度」で全く同じ規定を定めているところを見ると、「秩序を守らせる」という家康の意思が働いていたという解釈は、正しいと思います。
……昨日、作品予告の近況ノートに「出張中なので遅れます」とコメントさせていただいた直後、雨による交通機関の混乱から出張が中止に。と思ったら旅費の精算やら後始末やらで、結局いつもと同じくらいの時間になってしまいました。無事にレビューとコメントできて、良かったです。
作者からの返信
おまつさまは「花の慶次」でかなりの美人として描かれていたので、これっきゃないでしょ、という思いで書きました^^;
秀吉死後の豊臣政権の中、家康が何であんなに通婚していたのか、ちょっと考えたことがあって、天下への野心や野心として、少なくとも豊臣政権の「首相」として、どう言うことを聞かせるか――秩序を安定させるかという観点もあったのでは、と思ったのです。
そこで今回の三題噺のお題が提示されて、そのことを盛り込んでみました。
しかし武家諸法度までは見ていませんでした^^;
恐れ入りました。
近況ノートへのコメント、ありがとうございます。
いつもお忙しい中、申し訳ないな、と思っております。
しかし雨で出張中止……キツいですね。
しかも精算や後始末まで、お疲れ様です。
そしてレビュー。
めっちゃ誤解を招きそうな、キャッチ―なの来た!(笑)
そりゃたしかに12歳で又左の嫁になりましたけど!^^;
家のために狸のところに行きましたけど!^^;
しかもクレームは家康宛てかよ!(笑)
そしてここで、まつが人質になった理由――「家康の意図」を取り上げていただき、嬉しい限りです^^;
ありがとうございました!
金沢にてへの応援コメント
秀吉がいなくなって豊臣家は崩壊したけれども、こう考えると豊臣家に近しい者たちも危うかったですよね。下がる一方の豊臣家、でも逆に考えればこれはチャンスで、徳川に賭けたことでその先が繋がった人たちもたくさんいたわけで。
まつさまの静かな決意が素敵でした。
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
秀吉が亡くなった途端、これまで「勝者」だった豊臣サイドがガタ落ちで、逆に「勝者」だったことが足枷になっていたのでしょう。
その「勝者」の中で――前田家の中で、徳川という勢力を冷静に見ていた女、まつ。
おっしゃるとおり、この危機的状況をチャンスに変えて、おのが身を差し出していく。
この肝っ玉は、凄いと思います。
ありがとうございました。
金沢にてへの応援コメント
>それは違法にござる
ルールは守らなきゃ!みたいな、素直さが滲み出たセリフヾ(@⌒ー⌒@)ノ
利長、いい子なんでしょうねー。
逆に――
>……母は、江戸へ参ります
まつは、すごくリアリスト!(笑)
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
利長は平和な時代に生まれていたら、模範的な大名として生きて行けたと思います
でも生まれたのは戦国だし、関ヶ原前夜はまさに魔境と言っていい時代^^;
かなりキツかったと思います。
けれども、母親のまつに助けられて、百万石の家をつなぐことができました。
まつは、戦国の織田家・豊臣家を見ているから、めっちゃリアリストだと思います^^;
ありがとうございました!
金沢にてへの応援コメント
拝読致しました。
秀吉の、裸一貫スタートが仇となり蚕食されて行く中の出来事ですね(^^)
締める者がいなければ、その軛は意味をなくして下々はてんで勝手に動き始める。
他人事とは思えない(^.^;
母子の対話劇の中に、まつさんの戦国を生き抜いた迫力を感じました。
面白かったです!
ありがとうございました。
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
秀吉は、ナンバーワンだしオンリーワンだったために、豊臣家は余計にそのあとがボロボロでした。
じゃあそんな中、誰が治めるのかと言われると、やっぱり家康しかいなかったんでしょうね。
まつは、織田家がまだ弱小だった頃や、本能寺の変からの激動の時代を生き抜いている女性ですから、やはりその辺の「格」が感じられるようにと思って書きました^^;
こちらこそ、ありがとうございました!
金沢にてへの応援コメント
おお、四谷軒さん。いいですねえ。読み応えがありました。
確かに、こんなやりとりあったでしょう。絶対に。
まつの時代に応じて柔軟に立ち回る姿勢がいいですね。賭けが逆に出てひどい目に遭った人も沢山いるわけですが、軽やかにすり抜けて生き延びた。
「そんなことを言っているから、前田は徳川に負けた。わからぬか」っていうセリフがかっこいいです。今、戦記物書いてるんで、絶対どっかでパクります!
よい作品だと思いますので、お星さまパラパラしておきますね。
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
近況ノートへのコメントも、ありがとうございました。
秀吉亡きあと、関ヶ原という嵐が来る前の静けさの時代。
誰もが生き残るために必死だったと思います。
そんな中、まつはピンチをチャンスに変えて、前田家を百万石の家として、生き抜く道へと導いた。
そういう凄い人の話を書かせていただきました^^;
セリフはまあ、どうぞご自由にしてください^^;
戦記物、いずれ見させていただきます♪
ありがとうございました!
編集済
金沢にてへの応援コメント
御作の歴史ものはどれもパラダイムシフトを切り取って物語に落とし込むところが秀逸だと勝手ながら思っていますが、こちらも見事です。
転換点を見通せるのが母のまつで、ぼんやりしてしまったのが息子という、構造的には逆なのもいいですが、それ故にまつがカッコ良くてイイ!(*^^*)
江戸住まいの始まりってまつだったのかー、知らなかったです(^-^;
面白かったです。
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
何か今までとはちがう、みたいなことを盛り込むよう意識はしております^^;
まつがここで江戸に行くことを決めたのは、単純に人質になりますってだけでなく、もっとマクロな視点で、家康の泣き所を突いたのではないか、と思いまして。
利長は、悪くはないのですが、家康や三成相手では力不足ですから……^^;
ありがとうございました。